仮定法現在
「節内が否定文の際は S (should) not be Vpp. のように should の省略という覚え方が役に立つ場合もある」(山崎先生)
→ 確かにそう!
「原形」が残って助動詞が省略されるというのは他の現象に当てはまる機会が少ないので否定派でしたが、納得。
山崎先生は語りのレベルが違う。
【「shouldの省略」という教え方】
「仮定法現在」(that節内の原形)を「shouldの省略」と教わることがある。
ただ、歴史的には「省略」ではないため、この教え方はよく批判される。
以下、「shouldの省略」という説明の反対派と賛成派の主張の両方を観察した上で、実際の言語運用力との関連も含めてコメントしてみた。
〈反対派の意見〉
① 歴史的には「省略」でない。アメリカ英語の「原形」が先にあり、その後イギリス英語では助動詞shouldが使われるように変化した。つまり、アメリカ英語では、元来から「原形」が使用されていたわけで、これは助動詞shouldを「省略」したのではない。
⇒ これは「文献学」(philology) つまり「英語史」の知識としては適切。ただ、実際の英語の運用力とは無縁。知らなくても英語を使えるという意味では、この知識の優先度は低い。
② 英文法において「助動詞の省略」という現象は一般的でない(例えば、He can speak English. を He speak English. と言えば、意味も変わるし、文法的にも誤りになる)のだから、英文法上ほぼあり得ない「省略」という説明���持ち出すのは、汎用性の観点からも不適切。
⇒ この論点はかなり妥当。ただ「仮定法現在(that節内の原形)」は、英文法の中でも異例の例外的な位置付け。つまり「shouldの省略」という言い回しは誤解を与える可能性があるが、あくまで例外的であり、「(主語が3人称単数でも)shouldが省略されたような形(=原形)になる」という主旨が伝えられれば運用上は十分だとも言える。
③「shouldの省略」という説明はshouldの存在を前提にしている。しかし、「仮定法現在」という英文法の例外的な「原形」に意識を集中させたいのに「shouldの省略」という説明をしていると、生徒の頭の中にshouldが強く残ってしまう。
⇒ これは一理ある。実際、自分の教える生徒の中にも「shouldの省略ですよね?」と聞いてくる生徒が一定数いる。「原形」の運用を指導目的とする場合、この「shouldの省略」という教え方でshouldを刷り込むは逆効果になり得る。
〈賛成派の意見〉
①「shouldの省略」は指導上の「方便」であって、指導者側は分かっている。指導者は分かっている上で、あえて「分かりやすい」言葉を使っているのだ。
⇒ かなり危険な主張。その「分かりやすい」はどこから来た?アンケートをとったのか?仮にアンケートをとって「分かりやすい」のだとして���何がどう分かりやすいのか?生徒の言語運用力の向上に寄与したのか?「省略」という言葉(日本語)が単に分かりやすいだけではないのか?いや、それも本当か?「原形」より「省略」と言った方が「分かりやすい」という理由は?
➡︎ ここのメリット・デメリットを考えずに「指導者は理解した上で分かりやすく伝えているのだ」という主張をして「shouldの省略」と言っているなら、少し自分を見つめ直した方がいいかもしれない。
②「shouldの省略」という説明は「that節内の原形」が「否定文」の際に役に立つ。(かつての山崎竜成先生のスペースでのコメントを参考にさせていただきました)
「彼らはその情報を公開しないよう要請した」
They requested that the information (should) not be made public.
➡︎ これは具体的なメリットを考えている点で検���に値する主張と言える。
仮定法現在の「否定文」では「that節内(原形)」が以下のような語順になる。
They requested that the information not be made public.
(彼らはその情報を公開しないよう要請した)
ただ、“the information not be made public” という語順を日本の高校生が瞬時に生み出すのは現実的ではない。
このような場合「原形」より「shouldの省略」と覚えていた方が、より運用力に貢献できる可能性が高い。
「彼らはその情報を公開しないよう要請した」
They requested that the information (should) not be made public.
助動詞の「否定文」は中1-2で既に身についている語順だ。既習内容の知識を参照することで、新たな文法現象が処理しやすくなるというのは指導上も理にかなっている。
確かに「省略」という言葉で不要な誤解を招かないようにする努力は必要だが、このような具体的なメリットを考慮した上で、あえて「省略」と言った方が分かりやすいと主張するのであれば、一定程度は納得できるという人も多いだろう。
以下、結論です。
英文法を指導する際の表現(用語)選びは非常に大切。そこは先生の言語化が試されると言っていい。
英文法の指導で大切なのは「運用力」への貢献度であり、単なる言葉遣いの���面上の「分かりやすさ」でもなければ、「英語の歴史」という学問上の正確さだけでもない。
運用力の観点から具体的なメリットを念頭におきつつ、学問的な整合性を著しく損なわない形での「言語化」が大切だろう。
本日の講座のテキスト内の例文 (p. 7) で辞書の出典の明記を失念しておりました。以下、訂正です。
A higher proportion of Americans go on to higher education than is the case in Britain. (OALD)
※OALDは『オックスフォード現代英英辞典』の略称です
原則、例文は全てオリジナルです。