火星で生命が見つからないほうが、人類には好都合だ
生命を探す探査機が火星へ向かう。水が発見され、期待は高まっている。しかし私が望むのは、完全に無菌の死んだ世界だ。生命の痕跡など何も見つからないほうが、はるかに良い知らせなのだ。
ここで冷静に星空を見上げてほしい。我々の銀河だけでも恒星は約1000億個あり、観測可能な宇宙には同程度の銀河が約1000億個存在する。その多くに地球型惑星がある。にもかかわらず、半世紀に及ぶ地球外知的生命探査(SETI)は、いまだ何も捉えていない。この異様な静寂を説明するには、生命が知的文明へ至る道のどこかに、極めて越えがたい壁が存在すると考えざるをえない。これを「グレートフィルター」と呼ぶ。
問題は、その壁がどこにあるかだ。
ひとつの可能性は、フィルターが我々の過去にあるというものだ。たとえば、無機物から自己複製する生命が誕生する確率は、天文学的に低いのかもしれない。実験室で原始地球を模した環境を作っても、単純なアミノ酸が数種類できる程度で、生命の創発は一度も観察されていない。また、原核生物から真核生物への進化には18億年を要した。この間に何度も起きたはずの偶然が、実際にはたった一度しか起きなかったのだとしたら、それはフィルターとして十分に強力だ。
フィルターが過去にあるなら、我々は銀河系で唯一の知的生命体かもしれない。静寂の説明はつく。未来は我々の手にある。
だが、もうひとつの可能性がある。フィルターは未来にあるのだ。つまり、我々の水準に達した文明のほとんどが、その先に待つ破局を乗り越えられずに滅びる。
技術文明に共通する自滅の罠があるとしたら、それは核戦争や環境破壊ではなく、より普遍的なものだろう。たとえば、十分に発展した文明なら必ず発見してしまう何らかの技術が、同時に絶滅の引き金になる場合だ。小惑星衝突のような確率的災害では、運良く生き延びる文明が必ず出てしまうから、これでは銀河の静寂を説明できない。
いま、火星探査の意味が逆転する。
火星で生命の痕跡をひとつでも見つけたらどうなるか。同じ太陽系内で生命が二度、独立に誕生したことになる。それは、宇宙全体で生命の誕生がありふれた現象だという強力な証拠だ。するとフィルターが初期段階にある可能性は消え去り、より後段、すなわち我々の未来にこそ壁が立ちはだかっている公算が高まる。多細胞生物の化石などが見つかろうものなら、絶望は決定的だ。
探査の成果が乏しいほど、人類の未来は長く開けている。だからこそ、砂と岩ばかりの火星を私は期待する。
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記事『Where Are They? Why I Hope the Search for Extraterrestrial Life Finds Nothing(彼らはどこにいるのか――地球外生命探査が何も見つけないことを私が望む理由)』
Nick Bostrom(オックスフォード大学未来人類研究所 所長)
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