僕はパンクロック ラーメン 野球は広島東洋カープが好きなおっさんDEATH😊 FOUR GET ME A NOTS/Hawaiian6/Hi-STANDARD/ELLEGARDEN/THE NO EAR/STOMPIN' BIRD/RIDDLE/dustbox/FILTER/UNLIMITSが好きです🙂
「横山健は、最初から無敵のフロントマンだったわけではない。彼を『孤独な部屋』から連れ出したのが、初期の仲間たちだった」
今の強靭なKen Bandしか知らない世代は、結成当初から彼らが「完璧なバンド」だったと思っているかもしれない。だが、真実は違う。2004年のKen Yokoyamaは、極限まで孤独で、怯えていた。
『The Cost Of My Freedom』の孤独と、バンドの誕生
記念すべき1stアルバム『The Cost Of My Freedom』。実はこの作品、大半のベースとギターを横山健自身が弾いている「完全なるソロ・レコーディング作品」だ。
Hi-STANDARDが止まり、「もう一度音楽をやる」と決めたものの、彼にはまだ「バンドを組む」という自信も気力もなかった。しかし、その音源をライブで鳴らすために集められたのが、Colin(Gt)、Serge(Ba)、GUNN(Dr)という男たちだった。彼らの最大の功績は、健の孤独な宅録アルバムに「ライブハウスの血と汗(グルーヴ)」を叩き込み、ただのサポートメンバーではなく『バンド』へと昇華させたことにある。
フロントマンとしての恐怖と、それを支えた盾
2004年『MAGIC ROCK OUT』での初ライブ。今でこそMCで客を爆笑させ、アリーナを掌握する横山健だが、当時の彼は「真ん中に立って歌う」というプレッシャーに押し潰されそうになっていた。極度の緊張から吐き気と闘いながらステージに立っていた彼を、両脇からガッチリと支えたのがColinとSergeだったのだ。
特にColinの存在感は絶大だった。彼のルーツである西海岸のスケートパンクやハードコアのバイブスが、Ken Bandのステージに「不良の説得力」を与え、健がフロントマンとして覚醒するまでの時間を稼ぎ、強固な盾となって守り抜いたのだ。
『Nothin' But Sausage』で完成した初期の奇跡
そして2005年、彼らは2ndアルバム『Nothin' But Sausage』をリリースする。これは健のソロではなく、Colin、Serge、GUNNという4人の血肉が混ざり合った「最初のバンド・アルバム」だ。
Sergeの弾くベースは、現在のJun Grayのようなゴリゴリのダウンピッキングとは違う、少しハネた独特のグルーヴがあった。Colinのギターは、Minamiのようなメタル由来の正確無比なリフではなく、もっと泥臭くてオーガニックな響きを持っていた。この4人にしか出せない、メロコアでもハードコアでもない「人間臭いパンクロック」が、そこには確かに刻まれている。
2008年の日本武道館公演という、一つの巨大な夢を叶えた直後、Colinはバンドを去った。そして同年秋、Sergeも生活との両立を理由にベースを置いた。傷ついた一人のパンクロッカーを再び立ち上がらせ、共に頂まで駆け上がり、そして美しく散っていった彼ら。あの泥臭くも愛おしい4年間を、ボクらは「伝説の第一期」として一生語り継ぐだろう。
ボクのスマホケースの裏には、健さんが投げた「赤いピック」がお守り代わりに挟んである。正直、いつのライブで飛んできたものかはもう忘れてしまった。
今のバケモノみたいに強靭なKen Bandのライブだった気もするし、もしかしたらColinやSergeが両脇を固めていたあのヒリヒリした時代、小さなハコの床に落ちていたものかもしれない。
でも、それでいいのだ。いつのハコだったか忘れてしまうほど、ボクらは横山健の鳴らすパンクロックと、常に最前線のフロアで共に泥臭く生きてきたのだから。
またお会いしましょう🎸
Hi-STANDARD pre. "The Night Before Ski Resort" 7/16 新潟LOTS 最高でした!今回GIGポスターのデザインを担当させて頂きほんと幸せです!嬉しさの勢いのまま夢中で仕上げました。ほんと最高の経験です!これからももっと描きまくりますw ハイスタ最高!これからも新潟ゲイン宜しくお願いします!