NCC(日本キリスト教協議会)の「天皇制の終焉を求める」声明、論理が完全にブーメランになっている。
【詳細】
① 天皇制廃止後の代替案(大統領制)を提示していない
→大統領制にすれば、拒否権と強い執行権を持つ「より強い指導者」が生まれるだけ。しかも現状の議院内閣制と違い国会の信任という制約も外れるので、今の与党がそのまま大統領も掌握すれば、むしろ今以上に権力集中・独裁化しやすくなる。天皇制批判の理由(特定個人への権力集中)を自ら再生産する矛盾。
② ダブルスタンダード
声明の根拠は「神は全ての人を等しく神のかたちとして創造した」という信仰的主張。つまりキリスト教の教義を国家制度批判の物差しにしている。これは裏を返せば、「神道の立場からキリスト教のここが問題だ」と言われたら拒否できる根拠がないということ。信仰の自由・良心の自由を語るなら、天皇制を支持する側の信仰的・文化的立場も同様に尊重する必要がある。それをせず一方向にだけ「終わらせろ」と言うのは筋が通らない。
③ これを国家神道に置き換えたら
「国家神道の立場から、キリスト教は排他的な唯一神信仰で他宗教を序列化・否定してきたから、日本でのキリスト教の存在を終わらせるべき」と言われて、NCCは納得できるか?できないはず。だが構造としてはこれと同じことを天皇制・神道的価値観に対して行っている。
④ 大日本帝国と同じ構造
大日本帝国は国家神道という単一の物語を絶対的正統性の源泉とし、それに合わない立場を排除しようとした。今回の声明も「神のかたちとしての平等」という単一の信仰的物語を絶対的物差しとし、異なる世界観(天皇制的人間観)を制度ごと終わらせようとしている。主張の中身は真逆でも、「自分の世界観を唯一の正義として他者の存在を否定する」という手続きは同型。
相手の信仰・立場を想像し尊重する、という最も基礎的な倫理すら守れていない。