いっぽうでスヴィリードフは今私が翻訳している動画の演奏(フェドセーエフ &ペテルブルク音楽院の学生たちとの2019年の演奏)では、
春の素晴らしい自然描画
(厳しい冬が長く続いた後での開放感に伴う心から湧き出ずるかのような明るい気持ちや、轟音を伴って氷解する河の圧倒される音に対する、そんな自然と大いなる自然摂理に対する畏怖という敬意)が、小気味いいテンポとmfの記譜で演奏される中、
А увидим мы
Церковь божию -
のフレーズに差し掛かったところで一気に 音量をppに落とした記譜をしています
これは作曲家スヴィリードフの 敬虔さからか 作曲当時の時代背景(近年に近いソ連時代とはいえ楽譜からは1974年以前)かどちらなのだろうかと、とある想像を巡らせてふと微笑みを浮かべてしまいます