企業価値評価におけるDCF法の割引率の考え方は、この10年で大きく変わりました。
2013年の「企業価値評価ガイドライン」公認会計士協会経営研究調査会研究報告第32 号では、割引率の構成要素である株主資本コストは CAPM(資本資産価格モデル) を援用して推計することが前提とされていました。
私自身がベンチャーキャピタルにいた頃、実際の投資判断では当然 VCレート(ベンチャーキャピタル・ハードルレート) を用いていましたが、監査法人や証券会社に向けた株価算定書ではCAPMによる評価を求められました。
そのギャップを埋めるために、CAPMで計算した数値にさらにディスカウントを乗じて調整する「サイエンスとアートのせめぎ合い」があったのです。
そして2023年、「スタートアップ企業の価値評価実務」公認会計士協会経営研究調査会研究報告第70号では、DCF法の割引率として VCレートを用いることが一般的と明記されました。
シード期で50〜70%、IPO直前期でも20〜35%といった高いレートを用いるのは、まさにスタートアップの実態に即した実務的なアプローチだといえます。
海外の研究でも、CAPMだけでは企業が実際に使うハードルレートを説明できないことや、スタートアップのような高リスク投資では追加的なリスクプレミアムが必要であることが指摘されています(Jagannathan & Meier “Do We Need CAPM for Capital Budgeting?”, Damodaran “Cost of Capital: The Swiss Army Knife of Finance” など)。
CAPM時代の「理論と実務の乖離」から、VCレート時代の「実務感覚への接近」へ。
評価の世界は進化しつつも、依然として「サイエンスとアート」の両面を勘案した業務であることに変わりはないと思います。