『Foreign Tongues』圧倒された。ミック・ジャガーは「Ringing Hollow」や「Divine Intervention」はある種のディストピア的な曲だね──と言っている。アルバム全体が、ディストピアを描いている。エイミー・ワイン・ハウスをカバーしたのもその表れの一つだろう。だが、この明るさに満ちたエネルギーの奔流はどうだ!
「Divine Intervention」は、僕の長いストーンズ体験における決定打になった。終末世界、ディストピアを風刺しつつ、ユーモアとロックンロールで「going out in a blaze」(炎の中で散る)という前向きな破滅主義を貫いている。
「神の介入(救い)は期待できないから、俺たちは土曜の夜はフットボールをやり、炎の中で踊るのだ。人生はギャンブルだ」とミックは歌う。
次にHollywoodのpsychic(霊能者)エピソードが歌われる。暗がりで自分の未来を聞くと彼女は吐いて泣き崩れる。これは、ミックのインタビューによると実話らしい。
戦争、環境破壊、経済の破綻、自らの老い。そんなディストピアの只中で自分の未来を占い師に聞き、案の定絶望的なシーンが展開し、それを軽快なロックンロール・ブギーに仕立てあげ「もう一度ギャンブルだ」と言ってのけるミック・ジャガーには敬服するしかない。先生、了解です。僕もそうします。
『Foreign Tongues』の絶望感は、『夜の果てへの旅』の作家、ルイ=フェルディナン・セリーヌのそれに近い。それほど深い絶望感を対象化していると思う。だが活路は「土曜の夜はフットボール」だ。そもそもこの曲は軽快なロックンロール・ブギーで、基本的な姿勢そのものが絶望を超えている。
この間、ズボンズのドン・マツオとビールを飲んだ時、「健さんがこれまで生きて来た中で、今の時代は最低?」と聞かれ、「ダントツに最低」と僕は答えた。マツオも『Foreign Tongues』を聴いているだろう。またビールを飲もう!
「Jealous Lover」はファースト・シングル「In The Stars」が持つアップテンポなポップ・ロックに続き、ソウルフルなR&Bだが、なんか癖になる。
イギリス人の多くは「green-eyed monster = 嫉妬」のイメージを自然に知っていると思うが、この言葉はシェークスピアの『オセロ』からの引用として文学的・教養的な知識としてもよく知られている。まあ、ミックみたいな教養人ならば当然のことだろう。
ミックは、こういう古典を自然に織り交ぜるセンスを持っている。ストーンズの歌詞は昔から文学的・詩的な引用が散りばめられている。だから彼らはアメリカのバンドを馬鹿にするのだろう。
Sympathy for the Devil はミハイル・ブルガコフの小説『巨匠とマルガリータ』の影響だ。これはマリアンヌ・フェイスフルから本をもらい、インスパイアされたのだ。Paint It Black はジェイムズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』からの引用だし、「I turn my head until my darkness goes」の部分がジョイスの表現に影響を受けていると言われている。Gimme Shelterの終末的な世界観や「rape, murder, it’s just a shot away」の暴力描写は、旧約聖書だろう。黙示録的だと僕は思う。
ミックはボードレールの象徴詩やゲーテの『ファウスト』からも影響を受けていて、それが悪魔や道徳の逆転をテーマにした歌詞に表れている。高校生の頃『Let It Bleed』を聴いて「ストーンズはニーチェを超えた」と僕は日記に書いたが、『Foreign Tongues』でセリーヌを超えた──と、今は日記なんかつけていないからここに書いておこう。
セリーヌは典型的な「ディストピア作家」とは少し異なるが、20世紀ディストピア文学の重要な先駆者だ。『夜の果てへの旅』は、第一次世界大戦の惨状、アフリカ植民地、ニューヨークの資本主義社会、パリの下層生活を、地獄のような絶望描写で描く。
これはオーウェル『1984年』やハクスリー『すばらしい新世界』のような未来的ディストピアではなく、現代そのものをディストピアとして描いた「現在進行形の地獄」だ。
『Foreign Tongues』はセリーヌ的な「深い絶望を対象化しつつ、ユーモアや活力で乗り越えようとする姿勢」が通底している。セリーヌは絶望を徹底的に描きながらも、激しい言葉の奔流で「生」のエネルギーを表現する。ミック・ジャガーはディストピアを風刺しつつ、「炎の中で踊る」「人生はギャンブル」だとロックンロールで肯定する——この絶望を超えた活力がセリーヌ的だと僕は思うのだ。
サウンドはよりギター中心で、徹底的にストーンズらしい。Blues、Country、Rockのルーツを基調に、Some Girls風のブギー、Chuck Berry風リフが散りばめられ、Ronnie WoodのブルージーなソロはFacesを髣髴とさせる。
まとまりのない文章になり申し訳ない。でも、ストーンズファンの第一世代として急いで感想を書いておきたかった。