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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
日本の歴史・旅・静けさを、日常に身につける「印」へ。 歴史の奥にある意志や気配を形に。 静かに、意味の残るものを。 Japan’s history, journeys, stillness — shaped into everyday marks. Quiet forms, lasting meaning.
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
about 6 hours ago
北条幻庵は、 嫁入りする女性に「覚書」を書き渡している。 相手は、 世田谷の吉良氏へ嫁ぐ女性だった。 そこに書かれているのは、 大きな政治の話ではない。 夫や姑をどう呼ぶか。 婚礼の式。 家臣への心配り。 年中行事。 日々のたしなみ。 一つずつ、 新しい家で暮らすためのことが並んでいる。 北条家の長老として長く生きた人物が、 誰か���門出に残したのは、 戦の心得だけではなかった。 戦国時代の暮らし方が、 一巻の覚書の中に細かく残っている。 ──────────── 小机城跡/2007年撮影 鶴見川の対岸から見た現在の小机城址市民の森。小机領は幻庵が引き受け、息子や後見した人物たちが城主を務めた。 ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
1 day ago
「太原雪斎」と聞くと、 今川家の軍師という姿が先に浮かぶ。 けれど雪斎は、 京都で修行したあと今川氏親に呼び戻され、 若い今川義元の教育係を任された人物でもある。 のちには臨済寺の住職となり、 宗教だけでなく政治や外交でも 義元を支えていった。 どんな言葉を交わしたのか。 毎日何を教えていたのか。 細かな時間割までは残っていない。 ただ、 軍師として語られる人物の時間の中にも、 寺で学び、 誰かへ知識を渡していた時間があった。 ──────────── 臨済寺(静岡市)/2016年撮影 今川氏ゆかりの臨済寺を写した現代の写真。雪斎は同寺の住職を務めた。 ──────────── ※Photo: 江戸村のとくぞう / CC BY-SA 4.0
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
2 days ago
江戸時代の旅にも、 突然の夕立はやってきた。 「白雨」。 急に降り出す夕立のことで、 広重の《庄野 白雨》には、 激しい雨の中を駆ける人々が描かれている。 駕籠を担いで坂を上る人。 傘を差して下る旅人。 急ぐ農夫。 宿まであとどれくらいだったのか。 雨宿りできる場所はあったのか。 それは分からない。 ただ、昔の一日にも、 予定にはなかった雨が降り、 予定にはなかった急ぎ足があった。 ──────────── 歌川広重《東海道五拾三次之内 庄野 白雨》/東京富士美術館蔵 激しい斜めの雨が降る急坂を、駕籠を担いだ人々が駆け上がっている。 反対側では傘を差した旅人と農夫が坂を急��で下っている。 ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
3 days ago
江戸時代の池鯉鮒宿では、 春の終わりから初夏に馬市が開かれていた。 野原には多くの馬がつながれ、 売る人、買う人、仲介する人が集まった。 中央の一本松の下では、 「馬喰」と呼ばれる仲買人が取引をしたという。 旅人が通り過ぎる街道のそばで、 誰かは馬を連れてきて、 誰かは値段を決め、 また別の場所へ連れていく。 街道を動いていたのは、 旅人だけではなかった。 仕事をする人も、馬も、 同じ道の上にいた。 ──────────── 画像:歌川広重《東海道五拾三次之内 池鯉鮒 首夏馬市》/東京富士美術館蔵 広い野原の杭に多数の馬がつながれている。 中央の一本松の周囲には馬の取引をする人々が集まり、馬を連れてくる人物も描かれている。 ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
4 days ago
江戸時代の街道には、 人や馬を宿場ごとに交代させながら 荷物を運ぶ仕組みがあった。 「人馬継立(じんばつぎたて)」。 前の宿場から届いた荷を下ろし、 次を担当する人足や馬へ積み替える。 つまり、同じ人や馬が 最後まで運び続けたわけではなかった。 藤枝宿を描いた広重の絵にも、 荷を載せ替える人足や馬、 その仕事を取り仕切る問屋場の様子が残っている。 一つの宿場まで運んだ人は、 そこで役目を終える。 荷物はまた別の人の手へ渡り、 次の宿場へ向かう。 今でも、 遠くから届いた荷物を見ると、 出した人と受け取る自分を思い浮かべることが多い。 でも、その間には、 名前を知らない誰かの仕事がいくつもある。 昔の街道も、 旅人だけが歩いていたわけではなかった。 道の途中には、 次へ渡す人たちもいた。 ──────────── 歌川広重《東海道五拾三次之内 藤枝 人馬継立》/東京都立中央図書館 藤枝宿で、人足たちが大きな荷物を運び、馬へ荷を積み替えている。 右側には問屋場があり、複数の人足や馬が次の宿場へ荷物を引き継ぐために動いている様子が描かれている。 ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
5 days ago
戦国時代の終わり頃には、 「乱れ箱」と呼ばれる道具があった。 箱というより、 縁の浅い大きな盆に近い。 着替えるとき、 畳んだ衣服や小物を一時的に置く。 夜、身の回りの物を置いたり、 女性が髪を整えたりするときにも 使われていたという。 一日が終わる。 着ていたものを脱ぎ、 持っていたものを置く。 この乱れ箱を使った人が、 その日どこへ行き、 何を見たのかは分からない。 戦国時代という言葉からは、 城や合戦を想像しやすい。 でも、その同じ夜に、 誰かは髪を整え、 衣服を置き、 次の日のために眠っていた。 ──────────── 《桐九曜紋蒔絵乱箱》/The Metropolitan Museum of Art 16世紀後半の浅い漆塗りの箱。黒地に金銀の蒔絵が施され、桐紋と九曜紋が配されている。衣服や身の回りの小物を一時的に置くための道具。 ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
6 days ago
1533年。 戦国時代に書き写された連歌集の中に、 そのまま「旅」と題された部分が残っている。 宗祇が編んだ連歌集『老葉』。 この「旅」の部分を書き写したのは、 柳江という連歌師だった。 当時は印刷物がまだ少なく、 連歌を学ぶ人は、 歌集を自分の手で書き写して勉強していたという。 一人がまとめた言葉を、 別の人が学び、 また紙へ写していく。 柳江について、 詳しいことはほとんど残っていない。 それでも490年ほど前、 誰かが机に向かい、 「旅」の言葉を一つずつ写していたことは残っている。 旅は道の上だけでなく、 紙の上にもあった。 ──────────── 柳江書 連歌集『老葉』より「旅」/The Metropolitan Museum of Art ���長の紙に墨書が続く1533年の写本。宗祇が編んだ連歌集『老葉』のうち、「旅」の部を書き写した部分が巻物として残されている。 ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
7 days ago
東海道には、 歩かない区間もあった。 宮宿から桑名宿へ向かう、 「七里の渡し」。 東海道で唯一の海路で、 距離は七里、およそ28km。 天候や潮によっては、 船で3〜6時間ほどかかったという。 毎日歩いてきた旅人も、 ここではしばらく足を休める。 船に揺られながら、 少しずつ遠ざかる岸を見る。 昔の旅にも、 自分では進まず、 景色だけが流れていく数時間があった。 ──────────── 歌川広重《東海道五拾三次之内 桑名 七里渡口》/東京富士美術館蔵 二艘の船が帆を下ろして桑名の岸へ近づいている。 奥には海へ突き出した桑名城の石垣と建物が描かれている。 ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
8 days ago
関ヶ原の直前。 細川藤孝――幽斎は、丹後の田辺城にいた。 石田三成方の軍勢に囲まれ、 籠城は約2か月続いた。 それでも朝廷が幽斎の死を惜しんだ理由の一つが、彼が「古今伝授」の継承者だったことだと伝えられている。 『古今和歌集』をどう読むか。 どこに特別な意味があるのか。 本だけ残っていても、それだけでは伝わらない知識があった。 戦国時代に守ろうとされたものは、城や領地だけではない。 人の頭の中にしかない「読み方」も、失えば戻らないものだった��� ──────────── 《絹本着色細川幽斎像》/天授庵所蔵 法衣姿で座る細川幽斎を描いた肖像。1612年制作で、幽斎の没後に作られた作品。 ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
9 days ago
朝倉宗滴が生きていた頃、 一乗谷は「遺跡」ではなかった。 朝倉氏の本拠だった谷には、屋敷や道路、寺院があり、町屋が並んでいた。 発掘調査では、 紺屋、数珠師、塗壁師、鋳物師、桧物師など、職人の家も確認されている。 宗滴が亡くなったのは1555年。 朝倉氏が信長に滅ぼされる18年前だった。 私たちは一乗谷の結末を知っている。 でも宗滴が見ていたのは、焼け跡ではない。 甕を並べて仕事をする人がいて、 道を歩く人がいて、 寺へ向かう人がいた町だった。 「滅びる前」という名前の一日は、 そこに暮らす人には、まだ普通の一日だった。 ──────────── 一乗谷朝倉氏遺跡・朝倉館跡/撮影:663highland 現在の朝倉館跡。石垣や礎石が残り、背後に一乗谷の山々が広がる。 ──────────── Photo: 663highland / CC BY 2.5 出典:Wikimedia Commons ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
10 days ago
山県昌景というと、 武田家の「赤備え」を思い浮かべる人が多い。 でも、残っているのは勇名だけではない。 武田勝頼から山県昌景へ送られた書状には、 長篠城をめぐる具体的な指示が記されている。 戦国の命令というと、 陣中で大声で伝える姿を想像しがちだ。 実際には、 誰に、何を、どう動かしてほしいのかを、 紙に書いて届ける仕事があった。 書く人がいて、 運ぶ人がいて、 受け取って読む人がいる。 合戦図では見えないけれど、 一つの軍勢を動かす前に、 まず一通の文書が移動していた。 山県昌景の名前の横には、 そんな「紙の戦国」も残っている。 ──────────── 《武田勝頼書状》/山県昌景宛 武田勝頼が山県昌景へ具体的な指示を記した古文書。 ──────────── ※Public Domain(X掲載可・商用利用可)
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
11 days ago
戦国時代、 寺の様子を描いた絵を持って、 町や村を歩く人たちがいた。 16世紀前半の 《長命寺参詣曼荼羅》には、 琵琶湖を望む長命寺と、 そこを訪れる参詣者や僧たちが描かれている。 こうした絵は、 人々に物語を語る「絵解き」に使われた。 長命寺は1516年、 戦乱に伴う火災で伽藍を失っている。 この絵も、 寺を建て直すための資金を集める目的で 使われたと考えられている。 寺へ向かう人。 絵を持って別の村へ向かう人。 焼けた場所を、��う一度残そうとする人。 戦国時代の一日には、 戦うこととは別の場所で、 何かをつなぎ直していた時間もあった。 ──────────── 《長命寺参詣曼荼羅図屏風》/The Metropolitan Museum of Art 16世紀前半。山腹に建つ長命寺の伽藍と、境内や山道を行き来する僧や参詣者が細かく描かれている。画面下には琵琶湖と船の姿も見える。 ──────────── ※Public Domain/The Met Open Access・商用利用可(X掲載可)
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放浪娘|HOROMUSUME
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12 days ago
江戸時代の丸子宿には、 とろろ汁を食べさせる茶店があった。 広重の絵にも、 「名ぶつ とろろ汁」の看板と、 床几に座って食べる旅人が描かれている。 店には、 お茶漬けや酒、魚、干し柿もあったという。 何日も道を歩いて、 知らない土地を通っていく。 その途中で食べた、 その土地のいつもの味。 有名な景色より、 あの宿で食べたものの方を 覚えていた旅人もいただろうか。 昔の旅にも、 場所と一緒に残る味があった。 ──────────── 歌川広重《東海道五拾三次之内 丸子 名物茶店》/東京富士美術館蔵 街道沿いの茶店に「名ぶつ とろろ汁」の看板が立ち、床几に腰掛けた旅人が食事をしている。店内には魚や干し柿なども描かれている。 ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
13 days ago
江戸時代の街道には、 道端に簡単につくられた茶屋があった。 「出茶屋」。 葦簀などを使った小さな店で、 旅人が途中で休める場所だったという。 広重が描いた袋井宿では、 主人が石のかまどに火を起こし、 木から下げた薬缶で湯を沸かしている。 隣では、 駕籠かきが火をもらって一服している。 何里歩いたか。 あと何里あるか。 そんなことを考える前に、 少し座って、湯が沸くのを待つ。 昔の旅にも、 どこにも進んでいない時間があった。 ──────────── 歌川広重《東海道五拾三次之内 袋井 出茶屋ノ図》/東京富士美術館蔵 大きな木の下に簡素な茶屋があり、主人が石を組んだかまどで火を起こしている。 枝には薬缶が吊られ、そばでは駕籠かきが火をもらい、縁台には休む人物が座っている��� ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
14 days ago
江戸時代、 東海道の旅は日本橋から始まった。 広重の《日本橋 朝之景》には、 朝焼けの中、橋を渡り���める大名行列が描かれている。 その手前にいるのは、 魚河岸から帰る魚屋や野菜売り。 これから遠くへ向かう人と、 朝の仕事を終えて帰る人。 同じ橋の、 同じ朝だった。 旅立ちの場所も、 誰かにとっては帰り道になる。 一つの場所には、 始まる一日と、終わる一日が 同時にあった。 ──────────── 歌川広重《東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景》/東京富士美術館蔵 朝の日本橋を大名行列が渡り始めている。 橋の手前には魚を入れた桶を担ぐ魚屋や野菜売り、犬が描かれ、遠くには朝焼けの空が見える。 ────────────
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
15 days ago
大津宿と京都の間には、 「走井」と呼ばれる湧き水の地があった。 水量が豊かで、 その水を使った「走井餅」は 旅人にも人気だったという。 一方で、 逢坂山の道は湧き水でぬかるみ、 荷物を積んだ牛車には難しい道だった。 旅人が茶店で口にする水と、 荷を運ぶ人を困らせる水。 同じ場所の、 同じ水だった。 昔の街道を見ていると、 ���つの景色にも、 立つ場所によって違う一日があったことが分かる。 ──────────── 歌川広重《東海道五拾三次之内 大津 走井茶店》/東京富士美術館蔵 街道沿いの茶店と湧き水が描かれ、道には米俵や薪を積んだ三台の牛車が進んでいる。 遠くには逢坂山が見える。 ──────────── ※CC0・商用利用可(X掲載可)
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
16 days ago
江戸時代の宿場には、 旅人を宿へ連れてくる 「留女(とめおんな)」と呼ばれる女性がいた。 旅人が宿を探し始める夕暮れどき、 旅籠の前から声をかける。 ところが、広重の《御油 旅人留女》を見ると、 声をかけるだけではない。 旅人の腕や荷物をつかみ、 自分たちの宿へ引き込もうとする姿まで描かれている。 今なら、 旅先の宿を出発前に画面で選ぶことも多い。 昔の旅人には、 一日歩いたあと、 その場で今夜の宿を決める人もいた。 宿場に着く。 道の両側から声がかかる。 その中から、今夜眠る場所を選ぶ。 宿を決めることもまた、 旅の一場面だっ��。 画像:歌川広重《東海道五拾三次之内 御油 旅人留女》/東京都立中央���書館 ※Public Domain・X掲載可
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
17 days ago
江戸時代の東海道には、 宿場と宿場の間に、 旅人が足を止める場所があった。 「立場(たてば)」。 旅人や人足、駕籠かきが休み、 神奈川県内の東海道だけでも 18か所あったという。 そして、ただ休むだけの場所でもなかった。 立場には茶屋があり、 土地の名物を出すところもあった。 なかには茶店が並び、 ちょっとした宿場のようになった場所もあったという。 朝、宿を出て、 次の宿場まで歩く。 その途中で茶を飲み、 少し腰を下ろして、 また道へ戻る。 今の旅でも、 目的地ではなく、 途中で立ち寄った店や景色が 妙に記憶に残ることがある。 昔の街道にも、 目的地の名前には残りにくい、 そんな時間があった。 旅をつくっていたのは、 着いた場所だけではなかった。 画像:歌川広重《東海道五拾三次之内 袋井 出茶屋ノ図》/The Metropolitan Museum of Art ※Public Domain・X掲載可
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
18 days ago
江戸時代の旅では、 まだ夜が明けきらないうちに 宿を出る人たちがいた。 歌川広重の《関 本陣早立》にも、 薄暗い早朝から出発の支度をする様子が描かれている。 旅人が早く出たのには、 その日歩ける時間を長く取る理由もあった。 つまり旅先の朝は、 宿でゆっくり始まるとは限らなかった。 まだ暗い道へ出て、 次の宿場を目指す。 今なら、 知らない土地で目を覚ました朝も、 地図を開けば現在地も目的地も分かる。 昔の旅人が見ていたのは、 少しずつ明るくなっていく道だった。 旅というと、 目的地に着い���瞬間を思い浮かべる。 でも、その一日は、 まだ何も見えないような時間から もう始まっていた。 画像:歌川広重《東海道五十三次之内 関 本陣早立》/東京都立中央図書館 ※Public Domain・X掲載可
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放浪娘|HOROMUSUME
@horomusume
19 days ago
江戸時代には、 米を持って泊まる宿があった。 「木賃宿」。 旅人は自分の米を持参して、 薪代を払い、自分で炊くか、 宿で炊いてもらったという。 旅人が宿まで運んだのは、 荷物だけではなかった。 その夜に食べる米も、 朝から自分で背負ってきた。 知らない土地まで歩き、 ようやく今日の宿に着く。 米を炊く。 食べる。 そして眠る。 今なら、旅先で何を食べるかも 旅の楽しみのひとつになる。 でも昔の旅には、 遠くまで来た夜にも、 いつもの米を食べて終わる日があった。 旅というと、 辿り着いた場所や見た景色を思い浮かべる。 けれど、その間にあったのは、 特別な日ばかりではない。 歩いて、食べて、眠る。 そんな普通の夜もまた、 遠くへ続く旅の一日だった。 画像:歌川広重《木曽海道六拾九次之内 御嶽》/国立国会図書館 ※PDM・転載申請不要
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