本田さんの指摘は、会田・松本さんたちのダイヤモンド論説の「企業の黒字」を企業会計上の収益黒字と読み替えた上での批判になってしまっています。ここだけとると、本田さんの「誤読」ですね。
会田・松本氏が一貫して問題にしているのは、資金循環・SNA上の企業部門の貯蓄超過(企業貯蓄率がプラス=セクター全体で貯蓄>投資、純金融投資が正)です。政府の赤字と対比させた表現で、彼らが長年使ってきた「企業貯蓄率」の概念そのものです。
ダイヤモンドの論説でも、「儲かっているけれど、赤字を出している企業」とは、将来の成長のために負債を背負って投資する企業(セクターとしてネット借入)のことで、「ガチの赤字企業」とは異なると丁寧に区別しています。本田さんの「誤読」はここからも明らかです。
企業貯蓄率マイナスは、会計上の赤字企業が多いからではなく、収益性のある企業が積極的に投資超過している状態を指す、というニュアンスです。丁寧に注記も本文で書いていますので、本田さんのポストについてコメントをつけてる人たちもそこは誤解なく理解している人が何人もいるようですよ。
この会田さんたち議論の枠組みは、個人的には懐かしいものです。90年代の真ん中に読んだモディリアーニ(ノーベル賞受賞者)&パパデモスが示したセクター別の資金フロー(赤字単位としての企業の投資ファイナンスと、黒字単位としての家計の貯蓄の関係などを金融政策との関連で分析したものです。読みとおすのは根気がいりましたw)分析に類似しています。彼らの論文、The supply of money and the control of nominal income(Handbook of Monetary Economicsに所収)は今も一読の価値ありです。
モディリアーニらの議論の枠組みを知っていると、会田さんたちの分析は、彼らの上記論文などでの資金フロー表に見られる、部門別の貯蓄・投資バランス(黒字部門の貯蓄が赤字部門の投資を賄う)という会計構造と同じ系譜にあります。これをSNA上の企業部門に適用し、企業が投資主体から貯蓄主体に変わったことを問題にしたものと会田さんらの発想は理解できます。
現代日本の企業部門が「投資主体」から「貯蓄主体」へシフトした現象に適用したものです。本田さんご自身が「慢性的な貯蓄超過は成長にマイナス」「黒字企業が貯蓄超過なら投資不足」と認めている以上、会田・松本氏を「会計と資金循環を混同している」と切り捨てるのは、用語の読み替えによるもので、本論を正確に捉えているとは思えません。