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怪文庫(怖い話・不思議な話・ヒトコワ・様々な恐怖体験談を募集中)
@kaibunko
怖い話や不思議な話を1ポストに掲載している怪文庫の公式Xです┃体験談のご投稿は下記URL(フォームズ)から⚠コピペ・AI厳禁、実話のみ⚠
東京
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怪文庫(怖い話・不思議な話・ヒトコワ・様々な恐怖体験談を募集中)
@kaibunko
11 days ago
https://t.co/YkspKv4Xxe
怪文庫(怖い話・不思議な話・ヒトコワ・様々な恐怖体験談を募集中)
@kaibunko
about 4 hours ago
俺が高校生のころ、夏休みで父親の実家がある田舎に行った。 俺としては、山ばかりの田舎に興味はなかったし、自宅で漫画読んだりゲームしたりして過ごしたかった。 でも「行かない」なんて選択肢は用意してもらえず、しかたなく俺は両親について行くことになった。 久しぶりに会う祖父母は俺らを歓迎してくれた。スイカとか冷えたジュースとか出してくれた。 セミの声がうるさくて、風鈴なんかじゃ涼めないくらい暑かった。 祖父母の家にきてしばらくした時、近所にある田舎唯一のスーパー(というか売店みたいなもの)に来た。 アイスでも買おうと思ったのだ。じいちゃんはアイスが10本は買えそうな金額を寄越してくれた。 アイスを選んで店を出たら、全身真っ黒でびしょ濡れの人がいた。 あまりに普通にいるから、一瞬そのままとおりすぎそうになった。でも道を歩いてる婆さんも、ベンチで話してるじいさんも、誰もこの黒い人を見ていなかった。 見ないふりをしているというより、気づいていないようだった。 「まだか、まだか」「見捨てるのか」 その黒い人は低い声でそんな事をぶつぶつ呟いている。 やばい人なのかなと思って、俺は見ないふりをして祖父母の家に帰った。 その人の話をすると、じいちゃんは表情をこわばらせた。 「目を合わせたのか」と聞くので「合わせてない」と答えると、そうかと言って、父さんに「あした帰れ」と言っていた。 なんでそんなこと言うのかわからなかったけれど、自宅に帰れるのは嬉しかったのでその言葉にしたがった。 数年後、じいちゃんたちがすむ地域で地盤沈下があった。 なんでも昔つかっていた炭坑が崩れてしまったらしかった。 しかしこれが話題になったのは地盤沈下のせいではなく、その崩れた土の中からたくさんの人骨が出てきたからだった。 どういうことだろうと思って父さんに聞くと、「小さい頃聞いた噂」といって教えてくれた。 どうやらあの地域は昔炭坑の町だったらしい。地域の男はほとんど炭坑夫だったようだ。 ある日、炭坑内で火災が発生した。 出入り口付近にいた人はすぐに脱出したが、中にはまだ多くの男が残ったままだった。 地域の人は、これ以上火災が広がってはたまらない、と、中にまだ人がいるにも関わらず、大量に水を流し込んで消火した。 もちろん、中にいたはずの男たちは誰も戻ってこなかったらしい。 きっと見つかった人骨はその男たちのものだろうという噂だった。 もしかして、あの時見た黒い人は、その炭坑夫の魂だったのかもしれない。 仮題:濡れた黒い影/投稿:ゆいT
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怪文庫(怖い話・不思議な話・ヒトコワ・様々な恐怖体験談を募集中)
@kaibunko
1 day ago
ある地域へ友人らと山登りに行った時のことです。 その地域で知られている山に登って、そこから見える景色を眺めようと、たまたま通りかかった地元の人に山頂までの行き道を尋ねました。 地元の人は山頂へ行く途中にあまり人が行き来しない山道があり、そこを通る時には十分に気をつけるようにと言ってきました。 その山道には10体ほどの地蔵が並んでいて、何事もなく通るには「通してください」と1体、1体拝むと良い、と言われました。 そうでないと、祟りや不吉なことが起こるそうです。 まさかと思いましたが、実際に山頂へ向かって登って行くと、本当に山道の両側に地蔵が10体ほど並んでいました。 良く数えてみると、10体ではなく、13体の地蔵でした。 何だか怖いので友人らと1体、1体地蔵を拝んて行こうとしましたが、1人の友人が「そんなのは迷信だよ」と言って、拝まずに登って行きました。 それでも、私と他の友人たちは何か不吉なことが起きてはと思い、13体の地蔵を拝んでから登りました。 その日は皆、無事に山頂まで登り、下山することができました。 拝まずに登った友人にも何事もなかったので、やはり迷信かもしれないと思ってから、1週間ほど過ぎました。 地蔵の事などすっかり忘れていた頃、その時一緒に山に登った友人から電話があり、地蔵を拝まずに登った友人が交通事故にあって大怪我をしたと知らせを受けました。 単純ですが、地蔵を拝まなかった祟りなのかもしれないと思って怖くなりました。 仮題:呪われた参道/投稿:匿名55584
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怪文庫(怖い話・不思議な話・ヒトコワ・様々な恐怖体験談を募集中)
@kaibunko
3 days ago
あれは私が京都に住んでいたときのことです。 当時私は大学の二回生でした。将来の不安などまだほとんどなく、私は所属していた旅行サークルの仲間と遊び回る気楽な毎日を過ごしていました。 私たちはよく誰かの家で飲み会をしていましたが、酒がすすんでくると決まって誰かが「肝試しに行こう」などと言ったものです。 そして私たちは夜中の町を自転車で走り、京都に無数にあると言われる恐怖スポットの数々を訪れるのでした。 私たちは怖い話や怪談がそろって大好きでした。深泥池、大文字山、平安神宮……私たちは男ばかりでそんな場所をいくつも訪れ、ときには大声で笑ったりもし、ずいぶん近所迷惑なことだったに違いありませんでした。 私と仲がよかった男が、名前を田中としておきましょうか。その田中がとりわけそうした酔狂な遊びを好んでいました。 あの日もやはり、その田中が肝試しに行くことを提案したのです。 五人の仲間が集まり、田中の家で酒を飲んでいました。 田中は「伏〇稲荷に行きたい」と言いました。私は写真では幾度も見たことがあるものの、実際に訪れたことはなかったので、すぐに賛成しました。 しかしやはり私たちの仲間のひとりである斎藤は、これも仮名ですが、なにやら不安そうな顔をしているのです。 斎藤は普段はこんな悪ふざけには率先して参加する陽気な男でしたので、私は奇妙に思い、理由を尋ねました。 「夜中の伏〇稲荷は、よくないんだ」斎藤は言いました。 「なにがいったいよくないんだ」田中が聞くと斎藤は、 「連れていかれる」と絞り出すような声で言いました。 「連れていかれる? どこに?」私が聞くと斎藤は、 「わからない。でも本当なんだ」 今にも泣き出しそうな声で言いました。 周りの皆はそれを聞くと大声で笑いました。 「面白いじゃないか。ますます行きたくなった」 田中は笑いながら言いました。そして私も斎藤の臆病を皆といっしょに涙が出るほど笑ったのでした。 結局斎藤も私たちに押し切られる形で伏〇稲荷に行くことになりました。 その日飲み会をしていた田中のアパートから自転車で30分ほど進むと伏〇稲荷大社に着きます。 もう夜中の1時だったので、道路にもほとんど人どおりはなく、静まり返っていました。 田中や私はそれでも陽気に会話をしながら自転車をこいでいましたが、斎藤だけは終始無言でうかない顔をしていました。 やがて私たちは大きな鳥居の前にやってきました。そこが伏〇稲荷大社の入り口でした。 人は誰もおらず、ただ山の上の方に向かって無数の鳥居が並んで、ぼんやりとした光に照らされていました。 私たちはテレビや写真でみる伏〇稲荷の美しい姿と、今目の前にしている別世界への入り口のような不気味な光景との落差に圧倒され、しばらくの間無言になりました。 正直に言うと、私は今来た道を引き返したい気持ちでいっぱいだったのですが、斎藤を馬鹿にした手前、そんなことを言い出せようはずもありませんでした。 「さあ行こうぜ!」 田中が大きな声を出しましたが、それも無理やり陽気にふるまっている、という感じなのでした。 鳥居の数は本当に無数にあるかと思われるほどで、ひとつ鳥居をくぐるごとに自分たちが慣れ親しんだ世界から遠ざかっていくかのような感覚を覚えるのです。 田中によると、参道は山の上の方を通り、ぐるりと回って全部で3キロメートルほどの行程です。それを歩こうというのでした。 斎藤は相変わらず浮かない顔をしていました。 「なあ。おまえは何をいったい怖がっているんだ?幽霊でも出ると思ってのか?」 私はたまらず斎藤に尋ねました。 「親戚のおじさんが言ってたんだ。夜中に参道を逆回りしている参拝者は生きている人間じゃないって。絶対に顔を見るなって。その人の子供が行方不明になって、まだ見つかってないんだ」 飲み会をしていたときと異なり、実際に深夜の伏〇稲荷で斎藤の言葉を聞いてみると、そんなことがあるかもしれないと思わせる雰囲気でした。 「夜の散歩は気持ちいいなあ!」田中が叫びました。 しかし田中の声は黒々とした木々の中に吸い込まれ、あとには不気味な静寂が残るばかりでした。 私たちはさらに進みました。道の片側には一定間隔で灯篭が配置され、誰がつけるものか燈明がともされていました。 その時、私たちは向こうからやってくる人影を見たのでした。 それは確かに人の姿をしていましたが、男であるか女であるか、若いのか年取っているのか服をみても不明で、一歩足を進めるたびに奇妙に横滑りするのです。 それはいままでに見たことのない動きでした。私たちはみな即座に斎藤の話を思い出しました。 それはしだいに近づいてきました。道はせまく、横に逃げることはできそうにありません。 「顔を見ちゃいけない。顔を見ちゃいけない」 私はそのことばかりを考えていました。 それとすれ違う瞬間、全身から冷たい汗が噴き出すのがわかりました。私は早く通り過ぎてくれることをただただ祈っていました。 それがはるか後ろに去ってしまうまで私たちは誰一人口をきかず歩き続けました。 しだいに速度が速くなり、ついに誰かが走り出すと、決壊が破れたように全員が走り出しました。私はいつの間にか涙を流していました。 どこをどう走ったものか、気が付くと私たちは伏〇稲荷駅の前に立っていました。 全員そろっていることに私は安堵しました。 帰りの自転車で、田中は「幽霊の顔を見た」と言いました。 しかしそれがどんな顔であったのか、田中は教えてくれませんでした。他には誰も幽霊の顔を見た者はいませんでした。 私の体験は以上です。あれは本当にこの世のものでない何かだったのでしょうか。それともただの夜の参拝者だったのでしょうか。 しかし、田中が数日後に突然姿を消したことを考えると、あれはやはり人間ではなかったとしか私には思えないのです。 もしかしたら、田中はいまだに伏〇稲荷にいるのではないでしょうか。 そして、私たちが見た怪しいものと同じように、参道を回り続けているのではないでしょうか。そんな気がしてならないのです。 あれから10年たった今でも、私は伏〇稲荷を再び訪れていません。 仮題:稲荷の怪/投稿:匿名54821
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怪文庫(怖い話・不思議な話・ヒトコワ・様々な恐怖体験談を募集中)
@kaibunko
5 days ago
私の地元には、海を一望できる低山がある。 この山を切り開いて作られた道は、今では景勝地の一つとして数えられている。 この丘から海へと続く一本の坂道は、海を見下ろせる坂、という意味で「見下ろし坂」と昔は呼ばれていたようだ。 そんな美しい場所にあるこの坂だが、地元の人間の間では、とある噂が囁かれていた。 地元の人間である私もよく知っている、悲しくも不思議な噂だ。 もうずっと昔、市街地と海を繋げるために山を切り開き、見下ろし坂を作る工事をしていた頃のことだ。 当時は貧しい人達が集められ、かなり過酷な環境で夜遅くまで作業をしていたらしい。 その工員達の中に一人、明るく朗らかで、誰からも愛される純粋で善意に溢れた若者がいた。 雇い主に酷い目に遭わされても、仲間の工員には優しく接し、皆を労わっていたという。 (雇い主とは言っても、話の内容から察するに現場監督のような立場の人間だったのではと私は思う) ある日の深夜、足を滑らせた一人の作業員が、切り開いた山の崖から運悪く滑落した。 例の若者だった。 皆から離れて工具を取りにいこうとしたところ、足を滑らせてしまった。 助けに行ける場所じゃない。諦めろ。 滑落したところを見たという雇い主からはそう説明されたが、誰一人としてそれを信じることはなかった。 本当は日頃から彼を特に忌み嫌っていた雇い主が、彼に暴力を振るって殺●し、証拠隠滅に崖から落としたのでは、と。 雇い主を疑った工員達は彼を救おうと雇い主に救出を訴えたが、それを認められることはなく、泣きながら作業を続けたそうだ。 抗議を続けようとしたり、警察を呼ぼうとした人間は、容赦なく暴力を振るわれ、口をきけなくされたのだという。 それから数日後の朝、彼は崖の下で4体として見つけられた。 彼を諦めきれなかった工員が、早朝に山を探し続け、藪の中に落ちていた彼を見つけたのだ。 滑落中に傷付いたのだろう、元々ボロボロだった彼の服は破れ果て、残っていた肌はやすりがけされたように細かな傷と裂傷があった。 4体は既に獣に多くの部分を喰われ、本当に惨い姿だったらしい。 彼には身寄りもなかったため、仲間たちが雇い主に隠れて山に埋葬し、小さな祠を建てた。 するとその日の夜、彼を助けられなかったことを悔いていた工員達の夢に、亡くなる前の姿で彼が現れた。 夢枕の彼は、工員達に自分を助けようとしてくれたこと、埋葬し自分のために祠を作ってくれたことに感謝していたそうだ。 そして夢の最後に 「必ず恩を返す。報いは受けさせる」 と彼が話したところで、工員達が皆目を覚ました。 その後、雇い主が不正を犯していたという理由で、突然新たに優しく真っ当な雇い主が来た。 作業服も良いものが支給され、賃金も上がり、人並みの生活を営めるようになった工員達は心から喜んだ。 「あいつがきっと助けてくれたんだ」 全員がそう思った。 以前とは違い、深夜までの長時間の労働もなくなり仕事に一層精を出していた頃、前の雇い主がこの山で4んだという噂がどこからか流れてきた。 4んだ時刻は深夜、丁度あの彼が崖から滑落した頃だ。 全身に卸金ですりおろしたような傷と裂傷、身体のあちこちが獣に喰われた状態で、三日三晩野晒しになっていたらしい。 そこは既に坂の形を成しており、最近見下ろし坂、と地元でも呼ばれ始めていた場所だった。 何故前の雇い主がそんな場所にいたのか、刑務所にいるはずなのにどうやって見下ろし坂まで来たのか、誰にも分からなかった。 「あいつの呪いだ」 「ひでえことした罰だ」 「卸金におろされたみたいな4体だったんだろ。おっかねえ」 工員達が口々に言う中、4体を見つけた一人の工員がぼそっと呟いた。 「身をおろす坂…身卸坂…」 しん、と静まる工員達。 身卸坂と呟いた工員は、無言で立ち上がり作業に戻っていった。 そうして数ヶ月後、見下ろし坂を含む海へと続く道が完成した。 あの雇い主の事件を思い起こさせるのは縁起が悪いため、見下ろし坂はとても明るい名前を付けられた。 それから数年後、いつの間にか『見下ろし坂で海から昇る朝日を見ると、酷い労働から解放される』という噂が出回るようになった。 実際、上司からの暴言と暴力に悩まされていた労働者が酷い環境から救われた、などの話が今でも出続けている。 だが、労働者にとって神様のようにも思えるこの話には、ひとつ、不可解かつ恐ろしい事実がある。 それは、 『救われた労働者に害をなしていた人物が全員4んでいること』 体験談として見聞きする全ての話において、見下ろし坂で朝日を見てから数か月以内に加害者が4んでいるのだ。 4因までは語られないものの、数少ないネットに出回る体験談でも、地元で聞く噂話でも、4んでいない者はいない。 また、海から昇る朝日を見に行った者自身も、加害者が亡くなる数日前には、必ずあの坂で見た朝日を夢に見るのだという。 まるで苦境からの解放と救いを告げるような、ぞっとするほど美しい朝日の夢を、だ。 加害者の4に喜ぶ人間もごく稀にいたが、多くはしばらくして「自分のせいで」と心を病んでしまうそうだ。 その話を聞いて、酷い人間がこの世からいなくなっただけ、救われて良かったじゃないか、という人がいる。 しかしその一方で、これは労働者への救いではなく、ただの呪いではないか、と語る人もいる。 呪いでも救いでも、この見下ろし坂は苦境にある人を救い、加害者を殺●すのだろう。 事の善悪は、私には到底判断できない。 どういう風に話が変化したのか、今ではこの坂は、仕事運上昇のパワースポットとして多くの人に愛されている。 何も知らない人が、この坂から見える美しい朝日を拝みに来ることもあるようだ。 ちなみに私の曾祖父は、かつて見下ろし坂を作った工員の一人だった。 「4んだあいつのことは皆好きだった。だが、お前はあの坂には行くな」 私の目を見て繰り返しそう言った曾祖父の、恐ろしく静かで空虚な眼差しを、私は今もよく覚えている。 海と陸を繋ぐ一本の坂道。 行きたい人を私は止めたりしない。朝日を見に行かない限りは。 仮題:見下ろし坂/投稿:匿名54
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怪文庫(怖い話・不思議な話・ヒトコワ・様々な恐怖体験談を募集中)
@kaibunko
6 days ago
私たちは、19歳のときに職場で出会った。当時わたしとMは19歳。Eは21歳。 職業柄みんな派手でおしゃれ好きな女の子。 共通の友達がいたり、趣味も合ったのですぐに仲良くなり、毎日行動を共にするようになった。みんなそれぞれ彼氏がいて仕事もプライベートも充実していた。 当時、私たちの中でのブームが怖場巡りだった。 怖場とは、いわゆる心霊スポットだ。 車の免許も取り立てで夜に車で出かけるのが楽しくていろんな怖場を巡った。 そのほとんどが、大した事ないな〜。怖いけどまあ特に何も感じないかな〜。と言う感想だった。 でも、私たちが怖場巡りを辞めるきっかけとなったある場所があった。 あの日。いつも通り夜に3人で集合して、あらかじめ調べておいた怖場へと向かった。 そこは今までの場所とは空気が違うように感じた。 詳しい場所は覚えていないけれど、住宅街をぬけ、山の麓にある地元の人しか知らないような神社だった。 鳥居をくぐり、石段を登っていくのだがどうも登る気になれない。 体にまとわりつく空気が重苦しく、拒まれているようだった。 10段くらい登ったところでMとEも、「帰ろう?なんだか気味が悪い、、」と言うので、小走りで車に戻り、私の運転で来た道を引き返した。 辺りは街灯も少なく真っ暗だった。 住宅街に入る手前で何かが飛び出してきた。 キツネのような、イタチよりはもう少し大きかったように思う。 ブレーキを踏む間も無く真前を横切ったので勢いよく轢いてしまったのだ。 轢いたと言うよりは、踏んだと言う表現の方が正しいかもしれない。 3人で悲鳴を上げながら半ばパニック気味に住宅街を抜け街を目指した。 でも早く街に戻りたいのに、同じ場所をぐるぐるぐるぐるしているような気がしてきた。 3人の中で一番道に詳しかったEに、「さっきもここ通らなかった?」と聞いたら「どこで間違えたかな?」とEもパニックになっている。 行きはあまり感じていなかったが道がとても細くて、異様に圧迫感があるように感じた。 無我夢中で走り、やっとの思いで街に出たときはいつものよく知る街の景色にほっとして涙が出そうになった。 次の日恐る恐るタイヤに血がついていないか確認してみたが、何もついていなかった。 昨日の飛び出してきたものはなんだったのか。 たしかに何かを踏んだ感触がまだ残っているのに。 初めて怖い思いをした私達はもう怖場に行くのはやめようと決めた。 それから数ヶ月、何事もなく過ごしていた。 怖い体験のことなどみんな忘れていたと思う。 始めはEの彼氏だった。 「彼氏が4んだ。。」 まだ若かった事もあり、友人や知人の4に直面したことがなかった私はすごくショックだった。 自宅のベランダから飛び降りたようだった。 普段からすこし精神的に弱いところがあったようだが、まさか●殺するなんて、、と彼の家族もショックを受けていたようだった。 そのあとしばらくEとは疎遠になった。 それから半年も経たずして次はMの彼氏だった。 正しくは少し前に別れていたので元彼になる。 「元彼が4んだらしい。。」 ついこの間Eの彼氏が亡くなって、Mの元彼まで?なんで?!とわたしはすごくショックを受けた。 母親と二人暮らしだったMの元彼は、朝なかなか起きてこなくて、様子を見にいった母親に発見されたようだ。すでに冷たくなっていたらしい。 とくに持病などはなく、前日までは元気だったようで4因は呼吸不全によるものだったらしいが原因はよくわからない。 仲の良い友人の大切な人が次々と亡くなって、ショックも大きかったけど、気味が悪いなと言う気持ちもあった。 そのすぐ後だった。 仕事中に私の携帯に彼氏の職場の上司から何度も着信があった。 その上司には私も一緒にご飯に連れて行ってもらったり可愛がってもらっていた。 こんな昼間に何度も着信。。?と少し不安になりながらかけ直すと、彼氏が仕事中に倒れて救急車で運ばれた!との事だった。 夏の暑い日だった。外の仕事だったので、熱中症かなにかで倒れたのかな?とその時はあまり重大には捉えていなかった。 でもそのあとメールが入っているのに気づき開いてみると、事故であること、とにかく早く病院に来てくれとの事だった。 急に手足が震えた。 事情を話し、早退させてもらい急いで病院にむかった。 当時住んでいた場所から職場までは、車で40分くらいだった。 急いで向かっているところに彼の母親から電話があった。 「まだ時間かかる?早く、、とにかく早く来て!危ないかもしれない、、」 まだどこかで事故と聞いても、自分の身にそんな不幸が起こるわけないと思っていたのか、そこまで重大に捉えてなかったのかもしれない。 その母親からの電話を切った後は、どこをどう運転して病院に辿り着いたのか全く記憶がない。 病院につくと彼の母親が取り乱していて、その姿をみて逆に少し冷静になれたように思う。 ちょうどすぐに救急の先生が出てきて状況の説明をしてくれた。 「頭を強く打ち、肺も損傷しています。非常に危険な状態です。ベストを尽くします」 祈るしかなかった。とにかく祈りながら待った。 それから何時間経ったかわからない。 手術が終わった。 「なんとか一命は取り留めました。肺の方は心配ありません。ただ、頭を非常に強く打っているのでいつ意識が戻るかはわかりません。厳しいかもしれません。様子を見ましょう」 その時はただ、命が助かったことに安堵した。 ドラマで見るようにしばらくしたら目が覚めて、『もう!心配したんだから!』なんて言う日がくると思っていた。 現実は、、彼がまともに目を覚ましたのは事故から3ヶ月後だった。 しかもドラマのように目が覚めて急に話せるわけではなく、段々指が動いて次に目が開いて瞬きをするようになって、、 赤ん坊が徐々に大きくなるように少しづつほんとに少しづつ出来ることが増えていくような感じだった。リハビリを重ね、なんとか立てるようになっても、まだ言葉はほとんど話せない。 ちょっとした事ですぐにキレるし、子供みたい。。すごく優しかった以前の彼はどこにも居ない。中身がまるで別人になってしまった。 あの怖場での恐怖体験をしてから1年以内に私達3人の彼氏が次々に不幸に合った。 これは偶然なのか、、 「絶対あの日の呪いだよね」と、あれから10年以上経った今もMとEに会うとあの日の怖かった夜の体験を思い出します。 仮題:あの日の呪い/投稿:匿名8802
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@kaibunko
7 days ago
埼玉県入間市にあるとある学校の寮での実際の体験談になります。 山の中にあるその寮では、当時100人以上が共同生活していたと思います。 寮や学校自体古く歴史のある場所だったため、入学する前・した後すぐに先輩たちから怖い話をよく聞かされていました。 特によく聞いたのは、「女の子が心を病んで屋上から飛び降りたらしいよ」という話。 どれくらい昔か、どのくらい信憑性があるのかは当時の私たちには分からなかったのですが、霊感があると言う同級生や先輩はちょこちょこ怖い体験をしていたようで作り話には思えない雰囲気だったため、何となく全員が「ここは何かしらいわくがあるんだろうな」と思っていたと思います。 私がそんな実体験の当事者になってしまったのは、寮に入って2年目の夏。 洗濯場と乾燥室が1つだったため、いつも仲の良かった同級生、Aとタイミングを合わせて行っていました。 その夜も、夕飯を食べてそのまま乾燥室に寄っていました。 寮の構造を少し説明するのですが、1階ごとに部屋、共用トイレという感じになっています。なので、部屋があるのは奇数階。トイレは偶数階にあります。また、トイレを真ん中にして部屋は左右にあるような形をしていました。 私たちの当時の部屋は5階。 ダイエットという理由でおしゃべりをしながら階段を登って部屋まで帰っていました。 4階まで登り、あと少しで部屋に着くという時、突然Aが笑顔で階段を駆け上がっていきました。 え?と驚いたのですが、すごい勢いで走っていき、5階も通りすぎ6階の共用トイレも私たちの部屋とは反対側まで通り越し、今度はバタバタと階段を駆け降りて私の後ろまで来るAの足音が聞こえたので、どうせ驚かせたいんだろうな、と思い、あえて後ろを振り向かなかったんです。 すると、階段を駆け降りたAの足音がやっと私まで追いつき、ピタッと私の真後ろで止まった気配。 あえて無視して歩いて階段を登り、自分の部屋の前まで行きドアに手をかけると… 「わぁ!びっくりした?」 なぜか、真後ろにいるはずのAが私の部屋の中にいたんです。 「?」 驚いて後ろを振り返ると誰もおらず、代わりにピンっと何か細い金属が弾かれたような高い音が聞こえました。 その音は私にしか聞こえなかったようで、「どうしたの?早く入りなよ」とAに言われ、とりあえず部屋の中に入りました。 その後、今しがた起こった出来事をAにしどろもどろになりながら話すと、今度はAが顔を真っ青にしてこう言ったのです。 「私、確かに走って(私)の部屋に入ったけど、(私)を驚かせようと思って扉のところで物音立てないように立ってただけだよ」 …そして、私が終始聞こえていたバタバタというものすごい勢いの足音は、Aには聞こえなかった、というのです。 信じられずに何度もAに確認しましたが、聞けば聞くほどにAの顔色が悪くなってしまい、これ以上怖がらせるのはよくない、と思いそれ以上その話はせず、その日はお互いに一人になれず狭いベッドで一緒に寝た記憶があります。 そして長期休みで実家に帰り家族にその話をしたことがあるのですが、母からこう言われました。 「その金属音ってやつ、ピアノの弦じゃないの?」 確かに、その場所、私たちはまさに楽器、音楽を専攻している学校でした。 ただ、ピアノ弦だったとしてもあの音の意味は今でも分かっていません。 私が経験した不思議な体験談の一つは以上になります。 何となく、体験した際に嫌な感覚はなく、今でも怖かったという気持ちにならないのも不思議です。 どちらかと言うと、今はもう私たちの目には見えない、でも時代が違ったら同級生だった女の子に、一緒に練習しようよ、と言われていたのかもなぁと思っております。 仮題:駆け下りてきた子/投稿:匿名0024
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@kaibunko
8 days ago
私の出身地の話です。 少し前までは他言無用の空気でしたし、外部に漏らしたらその犯人捜しが始まるもの……みたいでしたが、今は町人の流出が激しくて話の出どころなんてわからないかと思います。 かくいう私もあの町から出て暮らしている身ですので、これを書いても大丈夫でしょう。たぶん。 少し怖いのでフェイクを入れますが、多少の矛盾点は許してください。 場所は西日本の山間部とだけ書いておきます。 簡単に言うと、夏と冬で年に二回、お祭りの風習があります。 祭の夜に、くじ引きで選ばれた大人一人と七歳以下の子供一人が二人セットで、祭りの夜に蝋燭とお菓子を持って山に入ります。 行先は神社などではなく、山道の途中にあるお地蔵様です。 七体並ぶお地蔵様のうち一体だけに前掛けがしてあるので、そのお地蔵さまにお菓子をお供えしてお参りをするんです。 お地蔵様一体一体に礼をしながら道を過ぎ、道なりに歩いていけば、ぐるりと一周して元の町に戻ってこられるというものです。 大まかに説明するとその程度で、怖いことはありません。ただその風習でおかしな点がいくつかあります。 一つめ、前掛けをしているお地蔵様の位置が毎回変わっている。 二つめ、祭りの晩に選ばれる大人と子供の血が繋がっていてはいけない。 三つめ、お地蔵様の前掛けが赤でなくなっていたら『失敗』とされる。 以下は体験談になります。長くなりますが、お付き合いください。 当時の私は六歳でした。年に二回のお祭りを楽しみにしていました。 夏には花火や屋台だってあるし、可愛い浴衣も着られるし、いま考えたって普通のお祭りです。 太鼓や笛の音がし始めて三十分くらい経った頃、町長の家の前に七歳以下の子供が集められます。親たちが取り囲む中、おみくじの筒みたいなものをがしゃがしゃ振って、赤い棒が出てきたら当たり。 その年の夏は私が決まりました。 友人たちが羨ましそうな顔をする中、大人たちだけが妙に無表情だったのを覚えています。 大人たちの中から父と母が抜けて、次は大人たちがくじ引きをします。結果、あまり話したことのない家のおばさんに決まりました。 前掛けをしているお地蔵様の位置が、毎回変わっている。そういう話があったから、前回のお祭りでお地蔵さまを見た友人に、あらかじめ位置を聞いていました。一番端っこです。 おばさんと私は手を繋いで、おばさんは蝋燭を、私はお菓子を持って、山道に入りました。 おばさんはしきりに「怖くないからね」「大丈夫だからね」と私に言っていましたが、むしろおばさんの方がずっと怖がっていたように思います。 昔のことなのでよく覚えていないのですが……。十五分くらい歩いたかな? そうして見えてきたお地蔵様は、どう見ても普通のお地蔵様です。手前から一体ずつ礼をしました。 一番端っこ、一番端っこ、と心構えをしていましたが……赤い前掛けのお地蔵さまは、三番目でした。不意を突かれた心地になって、一瞬固まってしまったことをよく覚えています。 礼をするのも忘れて見入っていると、おばさんが勢いよく私の頭を押して、無理やりに礼をさせてきました。お地蔵様よりおばさんが怖かったです。 前掛けの色は赤で目立ちますし、他は何も着ていないので、見間違えようもありませんでした。 私は何事もなく儀式を終えて山道を進み、親の元に帰りました。 お祭りはまだ終わっていなくて、太鼓や笛の音もしていて、その中にお経みたいな声がしていたのは気のせいと思いたいです。 次に思い出すのは、私が八歳になってくじ引きに参加できなくなった冬の祭りの時です。 儀式に行った二人が、三時間経っても帰ってきませんでした。 手順は私と同じのはずです。暖かい地域で雪も薄く、防寒を怠らなければ問題なく行える儀式なのに。 今日は早く寝なさいと言われても眠れなかった私は、自分の部屋で布団に入りながら、外の声をじっと聴いていました。 さすがにおかしいと思った大人たちが山に入ったようです。 そして帰ってきて、「緑だ、緑だった」「色が違う」「失敗だ、ちくしょう」とかなんとか口々に言っていました。 私はあの前掛けのことだと直感的に理解しました。 儀式に向かった二人の、子供は小柄で甘えん坊な五歳の女の子です。大人は、私の友人のお父さん(私はおじさんと呼んでいました)です。 二人は結局帰ってきませんでした。 一週間くらいしてから、ある噂が流れました。 あの子とおじさんは、血が繋がっている父子だったと。 つまりあの子は、あの子の母親とおじさんとの不倫でできた子だったと、学校内でまことしやかに囁かれました。 私の友人は父親の真っ黒い噂に耐えられなくなったのか、祭りから約十日後に不登校になってしまいました。 それ以降は一度も会えず、私は九歳で今の土地に引っ越しました。 七体のお地蔵様で山間部。というところで、オカルト好きなら『七人ミサキ』を想像するかと思います。けどお地蔵様の位置とか前掛けとか血の繋がりとかが、一体どうしてそんなに重要なのかがまったくわかりません。 親は何も話してくれないし、忘れてほしいというようなことも言っていました。 この変な儀式に心当たりがある方、いらっしゃいますか? 仮題:変なお祭り/投稿:匿名9102
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@kaibunko
9 days ago
私は小さい頃から霊感があり、家族や友達に憑いている霊が見えたり、路上にたぬきや猫の霊が見えることがありました。 小さい頃はこれが霊感があるということだと知らずに過ごし、親や友達に話しても信じてもらえず悲しい思いをしていました。 そんな私が、高校生のときに体験した恐怖体験についてお話します。 私は高校生のとき、初めて友達に霊感があることを話したのですが、そのとき、友達はある話を私にしてくれました。 その話とは、友達の家は築年数90年と古く、昔の書物や人形がたくさんあるようなのですが、その中のある人形が奇妙で仕方ないとのことでした。 「あの人形、みてくれない?」と友達に頼まれ、夏休みに友達の家に遊びに行く約束をしました。 私は霊感はあるものの、人形から霊気を感じた経験がなく、友達の力になれるかわからなかったので気が進まない気持ちでした。 何よりも変なことに巻き込まれたくないな…という気持ちがありました。しかし、断ることができずに時間が過ぎ、ついに約束の日がきてしまいました。 話で聞いたとおり、友達の家はとても古く、誰が見ても「何か出そう…」と感じるほど、奇妙な雰囲気が漂っていました。 私は家をパッとみたとき、「2階には行きたくない…」と感じました。 何かが見えたわけではないのですが、関わってはいけないような雰囲気を感じたのです。 友達は、私がこんな雰囲気を感じているとも知らず、陽気に「家の中案内するね!」と嬉しそうにしていました。 家の中にお邪魔し、まずは1階を案内されました。外から見た感じとは違い、家の中はおしゃれで築90年も経っているとは思えないほど綺麗でした。 1階の様子としては、霊気は感じられず、古い書物や人形などはいくつか見かけましたが、異変は感じませんでした。 しかし、私は1階にいたときから、「2階に何かいる!」と感じていました。 ここまで距離を保っていても感じるほどだったので、絶対に関わってはいけないものだと思いました。 そのため、私は友達に「ごめん。2階にはいけない。」と正直に話しました。 すると、陽気だった友達は突然涙目になって「やっぱり?何かいるよね。みえない私でもわかるもん。どうしたらいい?」と言ってきました。 正直、本当に関わりたくなかったので帰りたかったのですが、友達が涙目になって聞いてきたのでこのまま帰るわけにはいかないと思いました。 「わかった。2階に行こう。案内して。ただ、何かあったらすぐ戻るよ?約束ね。」と話し、2階にいくことにしました。 2階に上がると、廊下に昔の書物が飾られ、廊下の突き当たりの机にはたくさんの人形が並べられていました。 その中の人形の1つを見たとき、人形に吸い寄せられるような感覚に襲われ、気がついたら人形を手にしていました。 手にした人形は、おめかしをした髪の長い女性で着物を着ていました。 私は、人形をもっていることに驚き、慌てて元の場所に置き、友達の方を見ました。 すると、友達は真っ青な顔をして人形を指さし、「そ、それ、それだよ。」と言いました。 私が人形を見て感じたことは恨み妬みといったものだったので、咄嗟に逃げないといけないと思い、友達の手を引いて1階に降りました。 そして、友達に私が感じたことを話し、「これ以上は関われないから、あの人形を家族と一緒にお寺に持って行って!」と伝えました。 私はとにかく友達の家を出たいと思い、友達には申し訳なかったのですが、急いで家に帰りました。 家に帰った私は、身体に謎の違和感を感じていました。 言葉にするのが難しいのですが、全身に重りがのしかかり体を押さえつけられているような感覚でした。 次の日から私は高熱を出し、学校を休まなければならなくなりました。友達からは「私のせいで本当にごめんね。あの人形、明日お寺に持っていくことになった。」とLINEがきていました。 私は明らかにあの人形のせいだと感じていたので、明日あの人形がお寺に持っていかれるまで安心できないと思っていました。 しかし、具合が悪くてベッドから離れられず、いつの間にか眠りについてしまいました。 私の親は共働きで、その日に限って泊まり込みで働く日だったので、家に居るのは私一人でした。 そして、気がついたときには日が落ちていて夕方になっていました。 起き上がらなければいけないと思ったとき、下腹部あたりに物凄い重みを感じました。 それと同時に、あの人形から発していた怨念を感じたので、人形をひきつれてきてしまったのだと思いました。 私は自分にこれ以上害がないように「南無妙法蓮華経」と何度も唱えました。 すると、聞こえたというよりかは頭の中にある言葉が思い浮かびました。 「あなただよね?」と。 私には何のことかさっぱりわからなかったのですが、人形からくるものではないかと感じました。 そのため、私は「私じゃない!」と言い聞かせるように心の中で唱え、唱え続けているうちにまた眠りについていました。母に起こされ目を覚ましたときには朝になっていました。 その後、友達はあの人形をお寺に預け、お祓いをしてもらったそうです。私も知り合いの霊媒師にこの出来事を話し、お祓いをしてもらいました。 今でも思い出すだけで恐怖心が蘇りますが、友達も私自身も害がなくてよかったなとホッとしています。 人の怨念が人形にうつりこみやすいのは知っていましたが、ここまで謎めいた恐怖体験は初めてだったので、とても記憶に残っています。 仮題:あなただよね/投稿:匿名551
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9 days ago
私がまだ小学生だった頃体験した不思議な話です。 地元はかなりの田舎で、人口より猪や鹿の方が多いようなのどかな場所です。 村には小中一貫の学校があり、地元の子はみんなそこに通っていました。 私の家から小学校へは歩いて30分ぐらいかかり、途中国道にかかった陸橋を渡って学校へ通っていました。 村に一本通っている国道は普段あまり車は通っていませんでしたが、最寄りの道が工事を始めており、その道が迂回路として使われていたため、普段見ないようなトラックや車が多く通るようになっていました。 当時小学生だった私は大きなトラックや派手な色の車に惹かれて、早めに家を出て陸橋の上から車をよく見ていました。 そんなことを続けていると通勤の先生に見つかってしまったのか、ある日私は職員室に呼び出されました。 「毎日あの陸橋で車を見ているの?」と聞かれ「早く家出れた時だけ。大きい車を見るのが好きだ」と答えました。 先生はあまりいい顔をしていなくて「危ないからもうあそこで車を見てはいけないよ」と言われました。 理由を聞くとあそこで昔「車に轢かれた女の子がいる」と言われ「あの時もあの道が迂回路に使われて大きい車がいっぱい走っていたのよ、だから危ないからいけません」と言われました。 私は教室に戻り悶々としていました。 クラスの女子は、アイドルの話や絵を描いたりしていてそういう事には一切興味がなかった私は退屈でした。 やっとできた楽しみを、あったかどうかもわからない話でうやむやにされて私は「関係ない」と思い、先生と遭遇しそうな朝ではなく夕方に車の往来を見る楽しみを続行するようになりました。 何ヶ月か経ったある日。 時々登校すると不思議なことが起こるようになりました。 今学校へ着いたばかりなのに友達に「あれ?さっき教室にいたよね」とか「話しかけたのにどっか行っちゃうなんてひどい」と言われるようになりました。 私の体型はかなり小柄で、似たような背丈の子は村にはいません。 加えて家から小学校まで時間がかかるので、基本的に遅刻ギリギリに登校していました。 変なこともあるもんだと思いながら流していましたが、だんだん友達だけでなく、先生にまで言われるようになり、やっと私はなんだか「おかしい」事が起こっていることに気づきました。 家に帰って両親に伝えても信じてもらえず、度々私じゃない「誰か」の存在が日常に現れるようになってきました。 春になり私は中学生になり、クラスも新しくなりました。新任の先生は美人で明るく、私もすぐ大好きになりました。 先生はよくクラスの人数や体育の組み分けを間違えるのでみんなに笑われていましたが、その度に私は少しだけゾッとしていました。 また私じゃない「誰か」がいるのかと思うととても不安になりました。 新学期ということで先生との面談があり、その時に「何か困っていることはありますか?」と聞かれました。 どうせ「誰か」のことを言っても信じてもらえない。と考えていた私は「特にありません」と答えました。 けど、すかさず先生は「本当に?」と聞いてきました。 その目は今でも忘れません。先生は本当に真剣にまっすぐに私を見つめていました。 思わず私が戸惑った表情をしたためか、先生は「なんでも話してみて」と優しく言ってくれて、私は長年感じていた「誰か」のことを先生に打ち明けました。 先生は最後まで真剣に聞いてくれて「話してくれて、ありがとう」と言ってくれました。 そして「あのね、先生のことも聞いてくれる?実はね、先生そういう人のことが見えるんだよ」と言いました。 私は衝撃的でやっぱり幽霊とかそういう人はいるんだと感じました。 先生は続けて「ときどき〇〇ちゃんに似た子がいると思っていたの。でもその子は違う子だと思って…下校の時間つけていたら陸橋にたどり着いたのよ、きっとそこにずっといた子なのね。」と言いました。 先生曰く、数年前あの陸橋では本当に事故があり当時小学6年生だった女の子が亡くなっていたそうです。 その子は中学に上がるのを本当に楽しみにしており、それが心残りなのかもと先生はいいました。 「でも〇〇ちゃんがこうして中学生になったから、きっとその子も満足なんじゃないかな。きっと一緒に通ってたのよね」そう言われると妙に納得した気持ちになりました。 幽霊なんて怖くて信じたくなかったし、ときどき友達に「声かけたのにひどい」と言われるのは正直嫌でしたが「誰か」のことを聞くと妙に腑に落ちてなんだかとても安心した気持ちになりました。 その日の下校中、いつもより暖かい気持ちになりながら歩いていると、陸橋に差し掛かる途中に黒い車が止まっていました。 「こんにちはちょっと聞きたいんだけど」窓があいて男の人が声をかけてきました。 「この辺にコンビニってある?」 と言われ、あと15分ぐらい道を走ったらお店があることを伝えました。 「ごめん、ちょっと聞こえない」 と言われ、ちょうど車がたくさん通っていたので本当に聞こえないんだと思い、なんの警戒もなく近づいてしまいました。 その瞬間、突然腕を掴まれて引っ張られました。 窓へ引き摺り込もうとするその手はとても力強く、踏ん張ってもずるずると体が持っていかれました。怖くて声が出ないまま泣きそうになりました。 もうだめだ、と思った時、突然大きな声で「やめろー!!!」と聞こえてきました。 すると男の人は驚いたのか手を離し、その隙に走って逃げました。 陸橋に差し掛かるとタイミング良く車が通っておらず、私は階段を上がらず、反対側へ走りました。 次の瞬間、ドーッと大きな音を立ててトラックが通り過ぎました。 さっきまで全く車が通っていなかったのに、突然車が現れたのです。 けど、そんなことも考える暇もなく。私は走って家まで帰りました。 腕に残った爪の跡を見せながら両親に報告、青い顔をして警察へ通報してくれました。 (後日談ですが不審者情報が出ていたらしく、その人物では…と言われました)警察が捜査してくれるとのことで事件は落ち着きました。 今思えばあの助けてくれた大きな声は私の口から発せられたものでした。 けど、紛れもなくあれは私ではない違う人の声でした。 陸橋の下に何も車が通ってなかったといい、おそらく長年一緒にいたであろう「誰か」が助けてくれたんじゃないかと私は思っています。 今でも地元へ帰った際はあの陸橋を見に行っています。あの時はありがとうと思いを添えて。 仮題:助けてくれた誰か/投稿:匿名2175
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11 days ago
私の生まれ故郷は岡山県の上齋原村という山奥の地域です。 今は町村合併で別の名前になっていると思いますが、私が子供の頃は本当に自然しかないような場所でした。 山と川に囲まれていて、夏でも朝晩は少し涼しく、夜になると街灯もほとんど無いので真っ暗になります。 私は子供の頃、毎年お盆になると東京からその祖父の家へ帰省していました。 新幹線や車を乗り継いでかなり時間がかかる場所で、正直、子供の頃は遠くて疲れるなと思うこともありました。 でも着いてしまえば、東京では絶対に味わえない空気がありました。 祖父は昔ながらの山の人という感じで、自然の中での暮らしに慣れていました。山菜のこと、川魚のこと、天気の変化のことなど、色々なことを教えてくれました。 今思えば、ああいう知識は完全に経験で身についたものだったんだと思います。 祖父の家から少し歩いた場所には大きな川が流れていました。 その川は本当に水が綺麗で、昼間は底が見えるくらい透き通っていました。 夜になると蛍も飛んでいて、都会育ちの私にはそれだけでもかなり印象的でした。 そこではウナギもよく取れていました。祖父や親戚たちは竹や網を使った仕掛けを川に沈めていて、夜のうちに仕掛けておき、夜明け前に確認しに行くということをしていました。 私も何度か連れて行かれたことがあります。 その時の話です。 その日はまだ空が暗いうちに起こされました。 夏とはいえ、夜明け前の山は少しひんやりしていて、外へ出た瞬間に湿った空気を感じたのを覚えています。 祖父から「今日は一緒に行ってみるか」と言われ、私は年上の親戚と二人で川へ向かいました。 今みたいな明るいLEDライトではなく、当時は昔ながらのランタンを持たされていました。 火の光なので周囲全部が照らせるわけではなく、ぼんやり足元が見える程度です。少し離れると真っ暗でした。 川に着くと、水の流れる音だけがかなり大きく聞こえました。 まだ完全に夜みたいな暗さだったので、周囲の景色もほとんど見えません。ただ、川だけが黒く流れている感じでした。 私と親戚は川を挟んで反対側の岸に分かれました。 お互い下流から上流へ向かって歩きながら、前日に沈めておいた仕掛けを確認していきます。 川幅はそこそこありましたが、静かな山の中だったので、対岸の声は普通に聞こえる距離でした。 私はランタンを片手に、一つずつ仕掛けを確認していました。ウナギが入っている時は、仕掛けの中で動く気配があります。 しばらく作業をしていると、突然、対岸から親戚が私を呼ぶ声が聞こえました。 かなり近くで、普通に話しかけられたような自然な声でした。 私は顔を上げて対岸を見ました。 でも親戚は私のほうを見ていませんでした。 川の中をじっと見ながら、仕掛けを確認しています。こちらへ呼びかけたような様子は全くありません。 最初は聞き間違いかと思いました。 川の音と勘違いしたのかなとも思いましたが、かなりはっきり聞こえたので少し変な感じはしました。 ただ、その時はそこまで深く考えず、私もまた作業を再開しました。 すると少し経って、また声が聞こえました。 今度は私の名前をはっきり呼ばれました。 しかもすぐ近くで聞こえた感じがして、私は思わず「なに?」と返事をしました。 ですが、やはり親戚はこちらを見ません。 相変わらず川の中を見ながら黙々と仕掛けを確認しています。 その時点で、少し気味が悪くなりました。 ただ山の中なので、変に怖がると逆に恥ずかしい気持ちもあり、私は黙って作業を続けました。 しかし、そのあとも同じことが何回か続きました。 声が聞こえるたびに私は対岸を見るのですが、親戚はずっと無言で作業しています。 しかも不思議だったのは、声が遠くからではなく、本当に近くから聞こえることでした。 まるですぐ横で呼ばれたような感じでした。 結局、そのまま最後の仕掛けまで確認して、上流側で親戚と合流しました。 その日はちゃんとウナギも何匹か入っていて、親戚は慣れた様子で処理を始めました。 私はずっと気になっていたので、「さっき何回も呼んでたけど、何だったの?」と聞きました。 すると親戚が少し変な顔をしました。 そして逆に、「そっちこそ何回も呼んでただろ」と言いました。 私は意味が分かりませんでした。 話を聞くと、親戚のほうでも私の声が聞こえていたそうです。しかも名前まで呼ばれていたと言います。 でも、お互いに実際は一度も相手を呼んでいません。 その瞬間、一気に鳥肌が立ちました。 それまでは単なる聞き間違いだと思おうとしていましたが、お互い同じ体験をしていたとなると、さすがに気味が悪かったです。 しかも親戚は、その時点でもそこまで驚いた様子ではありませんでした。 帰り道でその理由を聞かされました。 親戚は前から年配の人たちに「あの川では時々、人を呼ぶ声がする」と聞かされていたそうです。 名前を呼ばれても返事をするな、声のする方向へ近づくな、と昔から言われていたと言います。 川に引き込まれるから無視しろ、と。 だから親戚は、私の声が聞こえても最初から返事をしなかったそうです。本当に私が呼んでいるとは思っていなかったと言っていました。 私はその話をその時初めて知りました。 正直、その帰り道が一番怖かったです。 さっきまで普通に立っていた川が急に不気味な場所に感じました。 暗い山道を歩きながら、後ろからまた声が聞こえるんじゃないかと少し気になっていました。 もちろん今になって考えれば、偶然だったのかもしれません。川の音や周囲の反響で、そう聞こえただけなのかもしれません。 ただ、あの時の声だけは本当に自然でした。 空耳というには近すぎて、はっきりしていました。 もしあの時、お互いに声のほうへ近づいていたらどうなっていたのか。 今でもたまに思い出す、不思議な体験です。 仮題:川が呼ぶ声/投稿:匿名1857
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12 days ago
大学時代、仲の良かった友人が一人暮らしの我が家へやってきた。 たまっていたレポートを一緒にやることになっていたのだけど、初めてのお泊り。お菓子やジュースやお酒を買い込んで、友人を待った。 正直初めてのお泊りに、私はテンションが上がっていたのだと思う。 友人もそうだったんだろうね。やってきた友人もどこかいつもよりテンションが高く見えた。 早い段階でレポートも完成、明日は休み。お酒も入り、私たちは上機嫌。 そんな時、いきなり友人に顔を舐められた。 ベロンって感じに。ぺろっとつい舐めちゃった、とかじゃない。べろ~んと舌を出してほっぺの下から上を舐められた。ちなみに、私も友人も女性。 わけがわからず「何するの!」って怒ったけど、彼女はニコニコ。 抵抗する私の腕をつかみ、顔全体を舐めていく。お酒も入っているし、臭くて気持ち悪い。 鼻の穴まで舐められ、最後は唇の中に舌を突っ込まれそうになり、ようやく彼女を蹴飛ばした。 友人はどうしてそんなことするの、ひどいひどいと泣いていたけど、こちらが泣きたい。 話を聞いてみたら、彼女の田舎が原因だった。 彼女の田舎では友愛の証拠に、お酒を飲むと顔を舐める風習があるらしい。 正直ドン引きだった。 でも田舎から出てきて、わからなかったんだなと思うと、仕方ないなという気持ちになった。号泣して謝罪する彼女を慰め、その日はお開きに。 それからは、以前と同じ友人関係を続けたが、お酒を一緒に飲むのは止めた。 大学を卒業した後、たまたま彼女と同郷の人と知り合う機会があった。 あなたも顔を舐めるのかと聞いたら、真っ青な顔して。それって、もしかしてA子のことじゃないの?と、友人の事を言い当てた。(名前も詳しいこともまだ話していないのに) この人が言うには、A子は地元の田舎では有名人らしい。 人の顔を舐めては警察沙汰になり、とうとう親も勘当することになったそう。それで都内の親戚を頼って上京し、大学に進学したという。 当時は嫌がる子を追いかけ羽交い締めにしたり、顔に噛みついて肉に食らいついたりしたらしい。 相手が同性だったから、その手の性癖をこじらせてしまった女の子という認識だったらしい。 でも、その話を聞いて冷や汗が止まらなかった。 だって、A子がカニバリズムの本を読み漁っている事を知っていたから。 A子は本当は、私やその女の子たちを食べようとしていたんじゃないかと思う。 今でもA子とは友人関係ではあるけど、私はA子と距離を置いている。 仮題:顔を舐める友人/投稿:匿名3974
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13 days ago
今から20年以上前に体験した実話を垂れ流させてもらう。 オカルト好きなら知ってるかと思うけど、リンフォンって有名な話あるじゃん。立体パズルみたいなやつで、正20面体ある呪物なんじゃないかっていう話。 あれと関係してるのか、はたまた全く無関係なのかは定かではないけど、ちょっと気になるところがあるので書き込み。 自分がまだ小学校低学年辺りの頃、父方の伯父一家が蒸発した。 父の兄に当たる伯父はお金にも困っていたようだし、嫁さんとも折り合いが悪く、高校生の一人娘も荒れていた。一言でいえば家庭崩壊してた。 だから蒸発したと聞いても「借金を踏み倒して逃げたんだろう」って感じで特に事件性はなかったと思う。 父と伯父は物心つく頃から不仲で行き来もなかったし、父に至っては「あいつは昔から無責任な男だ」って言って気にも止めてない感じ。 ただ、長男である伯父の家にある仏壇を引き取りたいってだけで、超事務的に動いてた。 仏壇は無事に我が家へやって来て、それからはうちの一家が仏事全般を執り行ってきた。 で、仏壇って色々と小引き出しがあるでしょ、あの中に数珠だの娘の成績表だのなんだのと入れられてたんだけど、箱に入ったそれこそリンフォンみたいな立体のパズルが見付かったわけ。 後だしになっちゃったけど、自分には年の離れた兄貴がいて、これがそのパズルに興味を持ってしまったのね。 兄貴は勉強やスポーツが得意で県でもトップクラスの進学校の、さらにエリートクラスにいた。 小さい頃からあっという間にルービックキューブを完成させちゃってたし、パズル自体が好きだったのもあったんだと思う。 リンフォンて説明書が付いてて、組み立て方で熊→鷹→魚に形を変えることができる、ってところが面白いって代物だったみたいだけど、この仏壇に入ってたパズル?らしきものには説明書らしきものは無し。 だけど、何をどうしたらそうなるのか自分には仕組みが分からないけど、兄貴はそのパズルで色々と作ってたみたい。 本を借りようと思って、勝手に兄貴の部屋へ入った時に、精巧な鳥の置物があったんで、よく見るとあのパズルから作ったみたいだったんですごいビックリしたのを覚えてる。 あのパズルって鳥になるおもちゃだったんだー、兄貴はよく作れたなって思っただけだけど。 …長くなるからかいつまんでかく。 結果から言うと、リンフォンみたいなパズルにハマった兄貴だけど、その後、落ちることなく無事に大学へ進学。 相変わらず勉強の合間にパズルをいじってはいたみたいだけど。もちろんパズルは進学先に持っていった。 で、ほとんど実家に帰省することなく、卒業間近とつぜん失踪。 失踪直前のことだと思うけど、実家に殴り書きみたいな筆跡で「絶縁届け」を送ってきただけ。親はすぐに警察に失踪届けを出したんだけども、なかなか見付からなかった。 まあ元々父親と折り合い悪かったし、いつかこうなるような気配はあったかな。 自分とも仲が良かったわけでもないし…というか、一緒に暮らした期間も短くて、正直彼の人となりが兄弟とはいえよく分からないんだよね…会話もめったにしなくてさ。母親は兄貴を可愛がってたから、すごいショック受けてたけど。 因みに伯父は、全く縁も所縁もない土地で見つけた内縁の嫁と暮らしてたみたい。それで、ああ奥さんとは離婚してたんだなって思った。 伯父が4んだことも内縁の嫁さんから連絡がきて知ったってだけで、今もお骨はその嫁さんのとこにあるみたい。 糖尿病こじらせて、片目を失明して両足は切断しての4だったそう。 兄貴なんだけど、結局失踪してから四年目に見付かってる。 実家とも大学先とも関係ない土地で、バイクで事故ったところを保護されて何だかんだあって警察から連絡が来た。 解離性障害っていうの? 失踪する1、2年前からの前記憶がないそうで。今は落ち着いてるけど、時々意味不明な事を言うときもある。 あのパズルはどうなったのかは知らない。聞いてもポカンとしてるか、考え込むような顔して終了のどっちか。 ただねぇ、この一連の流れを何故リンフォンと関連付けたかっていうと、伯父も兄貴も「門が開きそう」「皆を出してやらなきゃいけない」「連れていかなきゃ」って言葉を口にしてたから。 兄貴は失踪前に、自分にメールしてきた(メールが来ること自体めちゃくちゃ珍しい)。 伯父は内縁の嫁さんに病床でよく言ってたんだと。 リンフォンの話に「出して」って大勢の男女が言ってるとか、そういう件があったよね?それに、アナグラムでリンフォン=インフェルノ=地獄だって言う話だったでしょ? RINFONE= INFERNO 何か、二人とも地獄の門に足突っ込んだのかなって思ったんだよね、感覚的にね。兄貴も事故ったとき片足切断してるし。 単なる偶然なのかな。 あんまりパズルが中心の話になってなくてごめん。でも、今でも何か気持ち悪いなって思って吐き出してみた。 リンフォンの作者が最後に「2つ目がないことを祈る」って締め括ってるけど、どうなんだろうね…。 もしも呪物だとしたら、それこそ世界中にあるのかもしれないよね…。 因みに、伯父一家が蒸発したときに父が仏壇の様子を見に行ったら、まるで仏壇が泣いているようにびしょ濡れだったらしい。 とりとめのない話になっちゃったけど、読んでくれてありがとう。 仮題:立体パズル/投稿:オカルTE
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@kaibunko
14 days ago
これは私が小学生の時に体験したお話です。 私は当時、鼻炎に悩まされていてよく鼻水が止まらない小学生でした。 そんな私は2階建ての一軒家に、両親と弟2人と5人家族で暮らしていました。 2階の寝室で家族全員川の字で寝ていたある夜、ふいにトイレに行きたくなった私は寝室を出て、階段を降り1階のトイレへ行きました。 トイレで用を足し、2階へ階段を上っていると、鼻がむずがゆくなってきました。 残念なことに寝室にはティッシュがなく、鼻がむずむずしてきた私はティッシュが絶対にある寝室の隣の「父の書斎」へ行きました。 そこで鼻をかみ、部屋の奥にあるごみ箱に捨てようとしたとき、奥に人が立っていました。 その人の風貌を見る限り、自分とさして変わらない年齢の和服を着た女の子でした。 そんな子が異様な雰囲気を放ち、そこに立っていました。 「誰…?」 と私はその子に問いかけました。 しかし、その子が返事をすることはなく、ただただこちらを見ていました。 段々と私はその子が放つ異様な雰囲気にのまれ、恐怖を感じ、急いで寝室に戻り、眠りにつきました。 朝、目覚め、昨夜のことを思い出しますが、寝起きでトイレに行ったことでもあり、寝ぼけてそんな夢をみたのではないかと子どもながらに思いました。 しかし、私の手にはあの時ゴミ箱に捨てるはずだったティッシュを握っていたのでした。 そうそれは、私が確かに父の書斎へ行き、鼻をかみ、何らかの理由で捨てずに寝室に戻ってきた何よりの証拠でもあるのです。 このことを両親に話してみたものの「気のせい」「寝ぼけてた」と言われ、小学生の私が納得するような答えは返ってきませんでした。 それから数年が経ったある正月の親戚の集まりで、ふとその記憶がよみがえってきたのです。 それは、従妹の顔があの時見た和服の子にそっくりだったのです。 その話を母にしたところ、母はこんなこと言いました。 「親戚に顔が似てるのであれば、もしかしたら妹が会いに来たのかもしれないね」 …妹。 私には弟が2人いますが、その弟2人(次男と三男)の年齢は私と次男の年齢差に比べ離れています。 実は次男と三男の間に、生まれてくるはずだった妹の存在があります。 母曰く、もしかしたらその妹が私に会いに来たのだというのです。 その話を聞いて私は少し心があったかくなるような、そんな不思議な感じを覚えました。 ただ一つ気になることがあります。 それは、なぜ『和服』で会いに来たのか。 小学生の私が見た女の子は、妹だったのでしょうか。 それとも… 仮題:あの夜見た女の子/投稿:童子
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14 days ago
つい最近、奇妙な体験をしたので話させてください。 その日、私は休日でした。 なんだか、やることがなかったので、昼過ぎに仮眠をすることにしたのです。 そして珍しく夢を見ました。 奇妙な夢でした。内容はこうです。 私は寂れた映画館に一人でいて、スクリーンに映し出された映像を見ていました。 こじんまりとした映画館でした。座席数は三十席くらいで、スクリーンも学校の黒板程度の大きさしかありません。 スクリーンには、絶えず一人の少女が映し出されていました。 年齢は中学生くらい。病的なまでに白い顔にできた大量のニキビが印象に残る女の子でした。 場所は学校の教室でした。 机が並んだ何の変哲のない教室。 しかし、私の胸には妙な感覚が広がっていきました。 その正体はたぶんノスタルジーに近い感じでした。その場所には何か特別で大切なものが含まれていたのです。 そこで、ようやく私は思い当たりました。 その教室は、私がかつて通っていた中学の三年生の時の教室だと。 少女はなぜか、そこでたった一人、机に向かって書き物をしていました。 彼女はしばらく書き物を続けていました。 その様子は、なんだか物悲しさを感じさせる情景でした。 ようやく少女は書き物を終えます。 書き終えた文章が一瞬映ります。 それはあまりにも一瞬だったため、文章などは一切読めませんでしたが、大きく書かれていた題名が私をぎょっとさせました。 「遺書」 その二文字は、私に絶え難いほどの胸騒ぎに起こさせました。 少女はそんな私の心を嘲笑うかのように、勢いよく立ち上がり、窓の方へと近づいて行きました。 少女が窓に一歩、一歩近づいて、私の鼓動は激しくなり、呼吸も浅くなっていきました。 少女が窓の目の前にたどり着きます。そして窓の鍵を開けました。 その教室は、校舎の四階にあります。 少女の眼下には硬い校庭の地面が広がりました。 私は席を立ち、やめろと叫びました。やめてくれと。 けれど、少女にはそんな言葉は届きませんでした。 少女はなんの躊躇いもなく窓から飛び降りたのです。 少女が地面に激突する瞬間、夢は終わりました。 目を覚ましたとき、私は最悪な気分でした。 全身は汗でびっしょりと濡れ、呼吸も浅くなっています。 頭の中も突発的な現実と夢の乖離によってぐしゃぐしゃになっていました。 私は気分を落ち着けるために、煙草を吸いました。 煙草を吸うたびに、少しずつ気分は落ち着いていきました。 しかし、あの少女の顔が、あの遺書の二文字が、あの飛び降りる姿だけは一向に頭から離れる気配はありませんでした。 一体、あの奇妙な夢はなんだったのだろうか。 そんな疑念が胸に被さり、鬱々とした気分でその日を過ごすことになりました。 夕方になると、パートを終えた母が帰ってきました。 母は普段、あまり話しかけて来ないのですが、その日は玄関の扉を開けるなり、私のことを呼んできました。 母は私の顔を見るなり、捲し立てるように話し始めました。 「今日すごい騒ぎだったんよ。ほら、あんたが通っていたそこの中学校。今日あそこで女子生徒が飛び降り●殺したんだよ。しかも、飛び降りたのはあんたが三年生の時の教室からなんだって」 母の言葉。それは私をこれ以上にないほどにゾッとさせました。 もちろん、頭の中では昼間に見た夢が何度も繰り返し流れ続けていました。 結局、それ以来、少女の●殺についての話は聞いていませんが、まぁ、中学校の中で起こってしまったことですから、情報規制もされているのでしょう。なのでその少女と私の夢が関係していたのか知る術はありません。 私自身の見解としては私の見た夢と、少女の●殺はたまたま偶然一致しただけだと思っています。 たまたま同じ教室で、たまたま同じ時間で、私が似たような夢をたまたま見ていただけなのだと。 いや、もしかしたら私はただ偶然だと思い込みたいだけなのかもしれません。 そして自分に言い聞かせるために、誰かに否定してもらいたいために、このような場所で話させていただいてるのでしょう。 まぁ、この辺では終っておきます。お付き合いいただきありがとうございました。 仮題:繋がった子/投稿:匿名5519
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@kaibunko
16 days ago
毎年、7月や8月になると日本ではお盆の時期となり様々な催し物があります。 私の実家でも盆飾りをしてお迎えするのはやっていますが、それ以外が少し変わっているのです。 私の生まれた町では8月になり盆の始まりの日になると早朝5時には起きて仏間にある窓を全て網戸にするのです。 これは先祖が来られるようにとしていて、締め切るのは駄目と聞きました。 魂なのですから窓でも通り抜けられるのではと子供の頃に思った記憶があります。 昔は網戸ではなく完全に開けた状態で夜まで過ごしていたようです。 田舎なので無用心でもなく各家庭皆さんやっていたので当たり前だったようなのですが、夏場なのと地元生まれ以外の人も住むようになってから網戸に変わりました。 網戸にしてお盆の始まりになると、地元のお寺の住職さんが各家庭を回ってお経をあげてくれます。 これは初日だけでなくお盆の期間中に来てもらえば良いので、家が多くても大丈夫なようです。 中にはお盆前にしてもらう人もいるようですが希です。 私の家は初日にやってもらう事が多く、午前中には住職さんが来ていました。 お盆の始まりは少し変わってはいますが、期間中は普通の地域と同じ様にやらなければならない行事などはありません。 お墓参りはもちろんしますが、各々で行きますのでそこは在り来たりを想像してくれたら良いです。 私はお盆に帰省した時はお墓参りを家族としていて、参った後は地元の同級生と遊びに行くのが例年です。 お盆の終わりまでは基本は自由で旅行行くも良しと何をしても大丈夫です。 ですが、お盆の最終日だけは全家庭の人は家にいなければならないのです。 遊びはもちろん仕事もしてはいけません。 お盆の終わりには大切な行事があり、全員参加です。 このお盆の終わりが私が生まれた町が変わっている最大の理由です。 お盆の最終日には食事を取る時は必ず仏間になりますし、仏間に誰かしらいる様にと言われました。 夕方に行事が始まるのですが、それまでは仏間で過ごしますので私としては少し退屈です。 スマホをさわりながら夕方を待ちました。 夕方となり行事に出る為に準備をします。 持っていくのは、お花と位牌です。 世帯主が位牌を持っていき、お花は誰が持っていっても構いません。 行事はお見送りの物で、場所は海岸となっています。 決まった場所ではなく家から一番近い海岸へ行くのが決まり事です。 準備した物を持って私達家族も海岸へと向かいました。 海岸へ着くと近所の人達も来ていて、行事の始まりである夜を待ちます。 暗くなった時がお見送りの時間なのです。 夕日が落ちて暗くなったと同時に、お花とお見送りの灯りを小さな船型に乗せて海へ流します。 この準備をするのは世帯主だけで、他の人は船を流し終わるまで目を開けてはならないのです。 目を開ける事が許されているのは世帯主だけで、他の人は許されていないので万が一開けてしまうと連れていかれるという言い伝えがあります。 迷信や都市伝説とも言われますが、以前目を開けてしまった人がいてお盆から1週間も経たないうちに亡くなった事があるそうです。 子供の頃から親に言い聞かされていましたので、絶対に開けないと目を瞑っていたのを子供ながら恐怖もありました。 いつ目を開ければ良いのかと言うと、世帯主が合図するわけではなく町のサイレンで知らせてくれるのです。 皆さん流すタイミングが近いとは言え、各々のタイミングで開けてしまうと他の家庭が流し終わる前に目を開けてしまい大変な事になると言われています。 流し終わると不思議な事に船は沖へと進んでいくのです。 この光景は子供の頃から思っていた事で、戻ってきたり中々進まないという事はないのかと父親に聞いた事があります。 父親が言うには父親が子供の頃から一度も戻ってきたりとかはないそうです。 普通波はその日によって違い、場所でもかわるのに必ず沖へ行くのが先祖が漕いで行っているんだと感じました。 一連の行事が終わると各々に家に帰りますが、決して振り返らない事は言われています。 これも流す時と同じで、未練から連れていかれる事に繋がるのだと聞きました。 家に着くと網戸の状態にしてあった窓を閉めて、お盆飾りの灯りを消します。これでお盆に行う事が全て終わります。 私は物心着いた時から経験している事ですので当たり前と思っていましたが、以前この事を友人に話すと驚かれました。 友人の町ではこの様な事はしなく、お盆もお墓参りのみという事でした。 それほどまでに不思議な風習なのかと改めて実感したのです。 これから何十年経とうとも私はお盆には帰省してお盆を実家で過ごすでしょう。 私に子供が生まれた時は、しっかりと私の町に伝わるお盆の風習について教えていこうと決めました。 最後に、お盆の行事後に亡くなった方は本当にいたのかと私は興味本意で調べた事があります。 地元の人やお盆付近で人が亡くなったニュースはないかとネットで検索もしました。 ですが、その様な記事は見つけられず地元の人からは聞かない方が良いと教えてくれませんでした。 教えてくれないのが更に真実味が沸きました。 ですが、これ以上調べるのは私の為にならないと思い止めておきます。 仮題:お盆の風習/投稿:匿名5510
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@kaibunko
17 days ago
これは、私が子供のころ夏休みに祖父母の家に遊びに行った時の話です。 その町の住人のほとんどが漁業を営んでいるような地域で、実際に私の祖父も漁師をしておりました。 その地域には昔から海難事故にあった際に無事生きて戻れるよう、海から帰してもらえるよう、海に自分を覚えてもらえうために、生まれた子供を汲んできた海水で洗い、海水を口に含ませるという風習がありました。 当時、祖父の家の隣には他県から移住してきたという若い夫婦が住んでいたのですが、近隣住民とも仲が良く、町にも馴染んでいるようでした。私も遊びにいくたびお菓子をくれたり遊んでくれたりとよくしてもらった覚えがあります。 ある年、祖父母の家に遊びに行ったとき、その夫婦に子供ができたみたいで奥さんが無事出産が終わったとのことで、出産までの間、祖母が何かと世話をやいていたらしく赤ちゃんを連れて祖父母の家に挨拶にきました。 当時、私は赤ちゃんを初めて見たこともあり、何か猿みたいだなっと思ってその赤ちゃんをぼうっとながめていたこともあり細かい会話の内容までは覚えていないのですが、 祖父が「そういえば、赤ちゃんの体は洗ったのか?まだなら、二軒隣の○○さんにやって貰え」みたいなことを言っていました。 その地域の風習を知らない夫婦は何のことかわからなかったらしく、最初は会話がかみ合っておらずおかしな感じでした。 その後風習のことを聞いた奥さんが、赤ちゃんの肌が荒れるとか体にわるそうだし困ると言って海水で体を洗ったりすることを拒否しました。 すると今までにこやかに会話していた祖父が急に無表情になり、海に覚えてもらうためだから。とか、水物はこえーぞ。とかいって奥さんの方に詰め寄っていました。 夫婦は困った顔をして、少し考えてみますといって逃げるように帰っていきました。 それから何日かたったある日の晩、隣の家に救急車が来ました。サイレンの音やあたりを照らす赤いランプ、場の騒然とした空気感を今でもを覚えています。 どうやら赤ちゃんがお風呂で溺れたらしく、奥さんがパニックを起こしていました。 やがて一家を乗せた救急車が去り、それを見ていた近所の人たちは、「やっぱり」とか「洗わないから」とか口々に言っていました。 私がまだ幼く風習のことがよくわかっていなかったのですが、普段やさしい近所の人たちが何だか嫌なことを言い合っている感じがしてその普段とは違った様子をみて恐ろしくなりました。 結果として子供は亡くなってしまい、夫婦も別の地域に引っ越して行きいなくなってしまいました。 私はこの間見た赤ちゃんが簡単に亡くなってしまったことや夫婦がいなくなってしまったことに、悲しみとも何とも言えない不思議な気持ちになったのを覚えています。 それ以降、祖父母も近所の人たちも以前と変わらず皆優しく、私は無表情で詰め寄る祖父や嫌なことを言い合っている近所の人たちが、私の見た夢か思い違いだったのではないかと思うようになっていきました。 やがて私の休みが終わりに近づき、家に帰る日がきたのですが、その時迎えに来た両親と祖父が隣の家を見て、「ちゃんと体を洗わないから」とか「覚えてもらわないから」とか言っていたのを聞いて、近所の人たちの様子を思い出し、やっぱりあれは現実のことだったのだと思い怖くなりました。 その後、祖父母が亡くなてしまいその地域に行く事もなくなり、今もその風習が残っているのかはわかりません。 その後のことですが、私はこれまでに3度海で溺れました。1度目は波にのまれ前後不覚になっているところをたまたま近くにいた人に助けられました。 2度目は海の上に大きなボードが浮いていてボードの上に乗ったりできるネットで囲われた海水浴所でした。 私はそのボードの下に波の勢いで入り込んでしまい、水着の一部分がボードを固定している金具の部分にひっかっかてしまい抜け出せなくなりました。 自力では外れず、もうダメかと思ったのですがちょうどその時大きな波がきたみたいで運よくひっかっかていた部分が外れボードの下から抜け出すことができました。 正に九死に一生を得ました。 3度目はどう助かったのかわからないのですが、気が付いたら砂浜に打ち上げられていました。 この時目を覚ました際に耳元で何故か、祖父の方言交じりであの時若い夫婦に言っていた、「海に覚えてもらうためだから」という声を聞いた気がしました。 後に助けようとしてくれた友人に話を聞いたところ、最初私はまるで海に潜っていくような体制をとった後、波に身をゆだねるように揺られて遊んでいるように見え、とても溺れているとは思わなかったとのことです。 それ以降、流石に泳ぐのはもう止めようと思いそれ以来海には入っていません。 今になって思うのは、私も海水で体を洗われ、海に自分を覚えてもらっていたのかなということです。 多分、覚えてもらっているから助かっているのですが、もし、私に子供が生まれたとしたらあの風習に従い子供を海水で洗いその口に海水を含ませるといったことをすると思います。 一地方の風習がこのように地域を超えて人から人に受け継がれていくのだなと大人になった今は感じます。 仮題:海の記憶/投稿:匿名5148
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@kaibunko
18 days ago
これは私が小学生四年生の頃の話、大人になった今でもときおり思い出す微かな記憶のお話です。 私が小学生の頃は登校のときに地域の小学一年生から六年生までがまとまって集団で登校するルールがありました。 私たちの班の集合時間は7時35分、場所は皆の家の近くにある公園で私はいつも33分遅くとも34分に一つ年下の弟と家を出ていました。 住宅が密集しており班員の誰の家からも2分もかからない場所がその公園でした。 それでもたいていの場合一人は遅れてくるので公園からの出発は40分ごろになり、学校に着くのはだいたい7時55分を少しすぎた頃になりました。 毎日、幼なじみの同級生と昨日のテレビやらジャンプの漫画の話をしながら歩いていました。 ある冬の始まりの日、それは起こりました。 その日は霧が深くて、通学路の途中の60メートルほどの大きな橋を渡る際には、並んで歩いている二人先の頭が見えないほど白く全体が包まれて、みんなではしゃいでいたのを覚えています。 その橋は当然それなりに大きな川にかかっていることもあり、寒い日の朝方には霧に包まれるということはさほど珍しくなかったのですが、それでも1メートル先も全く見えない、なんなら歩道の横の車道はまるで見えないというのはそのときだけだったと思います。 多少霧が深いとはいえ特にトラブルが起こるはずもなく、いつものように私は幼なじみとたわいのない話しながら学校に着いたのですが、 学校へ続く坂を登り切ったとき、先頭を歩いていた班長の六年生が深刻そうに振り返ったのを覚えています。 「なんか、めちゃくちゃ早い」 彼はそう言いました。 学校の正門をくぐると真正面に見える大きな時計は彼のいう通り、いつもと全然違う時間をさしていました。 7時18分。 これだけなら時計が昨日の夜だか、今朝だかに止まったということですが、学校の雰囲気がそうでないことを私たちに理解させています。 私たちがいつも登校する7時55頃には、大抵グラウンドには遊んでいる生徒がいました。 グラウンドには四つのサッカーゴールが置いてあり、普通はそれらでは各学年の生徒がそれぞれにミニサッカーをしていたし、人気のある遊具にはすでに早く来た生徒が思い思いに遊んでいるはずでした。 しかし、グラウンドには誰もおらず、校舎の方を見ても、いつもなんとなく感じる子供達の喧騒、活気のようなものを感じず、一目見て普段の登校時間よりずっと前、まさしく時計がさす7時18分の学校の雰囲気だと感じました。 おそらくそれは僕らの班の全員が感じたものだと思います。 班員は校門で少し立ち止まりました。 班長の6年生が僕に聞きます。 「今日、早く出たか、お前」 僕と隣の幼なじみが同時に「いやあ」と言って黙ります。 誰も携帯どころか時計なんて持っておらず、班員全員が奇跡的に30分ほど早く家を出て集合場所に集まればこのような事態が起こることもあり得ますが、 そもそも、朝の時間帯、各家庭ではテレビをつけていたはずで、僕はいつも朝の番組の画面に映される時刻を見ながら準備しており、その日もいつも通りに弟と家を出たような気がしています。 何より自分だけが早く集合してもその場所で30分ほど班員の集まりを待たねばならず、親だって流石に止めてくれるはずです。 いつも通りに家を出たはずが、いつもより早く、何より自分が家を出たと思っている時間よりも早く学校に着いた。 「そういえば、どの班もおらんかったよな」 普段なら学校に近づくにつれて他の班が前後に見えてきて合流して、そうはならなくとも他の班が前後に見えていたりするものですが、確かに他の班を見かけたということもなかったように思います。 六年生は続けます。 「あの霧?」 対する僕らは無言でした。確かに霧は濃かったけれど霧は霧でした。 でも橋を渡り切ったところにあるゴミ捨て場、いつもはゴミが回収されて無かったのに、なぜかその日はゴミがいっぱいあったような、、、。 僕は何故だかそのことを言えず黙っていました。 後ろの弟と横の幼なじみ、下級生たちもみんな黙っていました。 当時の小学校では怪談やオカルトが流行っていたこともあり、私もいろんな話を聞いたり見たりしていたので、もしかしたら異空間に来たのかと一瞬怖くなったのを覚えています。 班長の六年生も似たようなことを感じているのか、このまま学校に入って良いのかわからないという様子でした。 そのとき、すぐ横から元気な声がしました。 「なんや、〇〇(六年生)くん、今日は早いな」 校長先生でした。 六年生は「いやぁ、はい。」としどろもどろに返答をしています。 校長先生と六年生はそのまま話しながら校舎に向かい、班員たちもなし崩しについて行きました。 大人がいる安心感があったのような気がします。 着いてみるとやはり、学校は異世界ではなくいつもの学校でした。 ただ、早く着いただけ。 時間が確かなのはその後、いつも仲間内で一番早くに登校してサッカーゴールの確保をしていた同級生がすぐに来て、一緒にゴールを確保しに行ったことからも確かだと思います。 その翌日こそ班員が集合した時に、昨日はなんだったんだろうとそれぞれ話していましたが、あまりに理解不能な事態でその後誰もその日のタイムワープについては話さなくなりました。 不思議なのはずいぶん経って、確か中学生の頃に一緒に登校していた幼なじみに『俺ら、タイムワープしたことあるよな』って話をしたら、『あった、あった。あれなんなんやろ』と盛り上がった記憶があるのに、 成人式の時にその話をしたら、その話を聞いていた別の友人は「お前ら、それ言ってたよな」と覚えていたのに友人本人はまるで覚えていなかったこと。 一緒に登校していた弟とも何度かあの時何があったんだろうという話をしたはずなのに、この前の正月に久しぶりにその話をしたらやはりまるで覚えていなかったこと。 そして何より、なんとなくなんですが、僕の同級生はもう一人いたんじゃなかったっけ?ということ。 登校時、いつも班長に「おい、四年、三列になるな」と怒られてた気がする。 あの時、僕らが校門で足を止めたのは小学校が異世界じゃないかと思ったこともあるけれど、そのときに、まだ来ていなかったもう一人の僕の同級生を待っていたんじゃなかったっけ……。 今でも、子供がいない老夫婦の家のはずなのに、たまにここは同級生の家だったと思う家が近所にあるんだよね。 仮題:登校時間/投稿:ナカム
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@kaibunko
19 days ago
幼い頃からおかしな体験はしていたが、まだ小さかったのでそれが「不思議」だとは気がつかなかった。 母からよく、私が1人で誰かとしゃべっていたのよ、という話しはされていたが、今となっては誰とどんな話しをしていたのかは覚えていない。 ただ、母はそんな私が少し怖かったようだ。 それはそうだろう。子供が架空のお友達を作り、その空想上の友達と会話しているのはよくある話しだが、私のその「誰か」との会話の内容は、いつどんな風にお亡くなりになって、今、こんな事をしているとか、子供の空想とは全然別だったそうだから。 その霊感体質がピークになったのは10代後半から30代前半まで。 その頃は常に誰かが私の背後又は肩におり、かなり辛かった。 ハッキリと見えているのであれば早く対処法が見つけられたかもしれないが「ただそう感じる」だけでは誰も信じてはくれなかった。 金縛りは日常茶飯事で、それが怖くて幽体離脱の経験もした。 ある夏の夜、この恐怖と苦しさから逃れたいと思った途端、身体がふわりと浮き、天井近くまで上がっていった。下には私自身の身体がベッドに寝ており、その上に濃いグレーの靄のようなものが2〜3体、覆い被さっていた。 怖くなって身を翻し、閉まっていたドアをすり抜け、リビングの方までふわふわと飛んでいるように行くと窓が少し開いていた。 うちはマンションの4階だったのだが、そのまま窓から身を乗り出し空中へと飛び出した。 以前から空を自由に飛んでみたいな、と思っていた私は少し楽しくなってそのまま空中散歩。 電柱の真上ってこうなんだ、と鳥のように座ったり、上から道路の車の行き来を眺めたりしていた。 しばらくして戻らなきゃ、と思った途端、意識がなくなり気がつけば身体に戻っていた。 上に覆い被さっていた靄もなくなっていた。 そんなことが数回起き、流石に私ものんきにはしていられないと、色々な文献や書物で調べ始めた。 その時、日本ではかなり有名な霊媒師さんが、あまり幽体離脱を重ねると自分の意思で身体に戻れなくなる危険性がある、と言っていたので極力止めるようにしていた。 問題はその引き金となったグレーの靄である。 霊媒師さんによると低級霊や浮遊霊の可能性が高いとのこと。生まれつき霊感体質の私に頼ってきてしまうようだ。 霊感体質の人は他の人より「感受性のチャンネル」が多く、霊体とチャンネルが合ってしまうと付いてきてしまうそうだ。 そこで、チャンネルの閉じ方や1人でもできる簡単なお祓いを学んだ。また、全ての悪いことを霊のせいにしてはいけないとも教えられた。 大抵の彷徨っている霊は人に悪いことをしようとしているのではなく、逆に助けられたいと思っている方が多いと言われた。 それに私には強い背後霊もいて、そういった霊達から守ってくれているそうだ。 そういったことを聞いて、少し安心したが、他にも問題があり、感情が異常に高ぶると(特に怒り)触れただけでお皿や電球が粉々に割れてしまうこともあり、感情のコントロールも必要となった。 霊媒師になって、そういう霊達を助けるという道もあったのだが、30代に入ってから今までの経験などから急に感受性が研ぎ澄まされることになり、断念した。 疲れて会社からのいつもの帰り道、いきなり肩に重圧を感じ、身体全体が重くなった。 それまでなるべく「チャンネル」は閉じているようにはしていたので、あまり気にせず一人暮らしの部屋へと帰った。 夜ご飯を軽く済ませ、12時過ぎにやっと寝たのだが、寝付きがあまり良くなく、見ていた夢は思い出せないが、眠りが浅く、かなりうなされたのは覚えている。 重い頭で朝を迎え、いつものようにシャワーを浴びようとしたら、腕や手首、足首に赤いアザがいくつも着いていた。 寝苦しくてどこかにぶつけてしまったのだろうかと思い、痛くもなかったのでその日は体調も優れなかったが、気にしないで過ごした。 が、寝苦しい夜は2〜3日続き、アザも段々濃くなり痛みも増していった。 体調も悪化し、最後にはその無数のアザがくっきりと指のになっていた。 これは…と思い以前、霊媒師さんに教えて貰った対処法を施し、ベッドの周りに盛り塩を置き、完全に「チャンネル」をシャットアウトした。 今までの体験では身体に危害を加えられる事はなかったので、これは本当に怖かった。 その夜は寝られなかったが、対処法と塩が効いたのか、次の日からそのような事態には至らなかった。 これでハッキリと霊体が見えていたら多分、自分自身が壊れてしまうだろうと感じ、その日を境に一切の余計な「チャンネル」は閉じる様にしている。 今ではそのような体験はかなり減ったが、気を抜くと浮遊霊が頼ってきたり、道端に事故で4んでいる小動物を見かけると付いてきてしまったりするので、情をかけないようにしている。 また、霊的スポットやここはヤバそう、と思った場所には一切近づいていない。 が、呪いが掛けられたような物が不思議と近くにきてしまうので、霊感体質の人はそれなりに大変なのだということも知って欲しい。 仮題:霊感体質/投稿:匿名52487
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@kaibunko
19 days ago
3年くらい前のことを今更思い出したんだけど、私の通勤路に導祖神があった。 うちはそこそこ田舎だけど、自治体が都市開発に精を出してる地域で、あっちこっちで工事をしていた。 その通勤路の途中にもう使われてない畑を挟んだ三叉路があって、片方は駅に向かう道で、片方は住宅街に続く道。 ある日定時退勤できて、いつもは営業時間終わって閉まっちゃってるパン屋さんに寄れたから、ご機嫌で帰ってたの。 まだ空が明るくて、ちょっと暑いけど気持ちがいい風が吹いてて。ほら、明るいうちの退勤とかお風呂って得した気分になるじゃん。ほんと私もご機嫌で、普段は全く気にしてなかったのに件の導祖神通りかかったときに、気まぐれでロールパン二つ導祖神にお供えして帰った。 まあ、ちょっと進んでから振り返ってみたら秒でカラスがロールパン強奪してたんだけど…。それはまあ、そりゃそうかって帰って、いつもよりまったりしてから寝たの。 その日はそれだけ。 でもその週末に変な夢を見た。 ゴザの上に石が置いてあって、よく見ると頭だった。 石の頭。 なんでかすぐに、あそこの導祖神の首だってわかって、なんで首だけなんだって思ったけど、私はなぜかロールパンを持っていて「あっ、これお供えしなきゃ」って思ってお供えした。ってところで目が覚めた。 わけわかんないでしょ。朝ごはん食べながら傘地蔵的な?って思ったけどなんももらってないし、むしろまたロールパンあげてるし…。 変な夢って思って出勤するべく道を歩いてたら、導祖神がなくなってた。 オカルト的なやつじゃなくてなんか工事の跡っぽいのがあって、どかしたんだなってわかるんだけど、導祖神てどかしていいの?だめじゃない?って思って怖かった。 結局そこは道の拡張と、畑だったところを商業店舗にして風景がガラッと変わったんだけど、その三叉路は事故が多くなった。 道が拡張したことで車の通りが激しくなったことと、そのことについていけないお年寄りがつい飛び出して……。 なんてことが多かった。 今のところ4亡事故は聞いてないけど、新しく立った店舗に車が突っ込んだこともあった。 しかもその商業店舗、いろんなお店が入れ替わり立ち替わりで、2・3ヶ月でお店が変わる。 一番短いときは、新しいお店の工事中に一瞬カラになってまた全然違うお店の準備が始まってた。たとえば、美容院の準備なんだなって思ってたところに次見たときにはラーメン屋の準備が始まってるみたいな。 件の道祖神がどうなったのかはわからない。井戸端会議してるおばちゃんたちの話では移設されたとも廃棄されたとも聞く。 でもみんな口を揃えて言う。 「あの三叉路は呪われた」 正直、私もそれが出鱈目とは思えなくて、気味が悪くてちょっと遠回りだけど通勤路を変えた。 夢に道祖神を見た意味は今でもわからない。 仮題:道祖伸/投稿:匿名996
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