まず、あたしはSex Work is Workの立場です。セックスワーカーの人権は、当然きちんと擁護されるべきだと考えています。
一方で、いまノルディックモデル(買春者処罰)が議論されていることもあって、「セックスワークそのものの是非」をめぐる議論になりやすいのも分からなくはありません。
でも、あたしは主戦場を「セックスワークは良いのか悪いのか」にしてはいけないと思っています。
アムネスティ・インターナショナルが提唱する非犯罪化も、単に「売買春を自由にしましょう」という話ではありません。差別をなくすこと、暴力や搾取から守ること、人権を保障すること、他の仕事や社会保障へアクセスできることなどとセットになった考え方です。
ところが日本では、そもそも大きなジェンダーギャップが残ったままです。女性の賃金や雇用、貧困、性的自己決定などを考えても、「セックスワークだけを切り離せば健全な労働環境が作れる」とは、あたしには思えません。
AV新法が作られた経緯だって、最初にあったのはAV出演強要という問題でした。その後、業界側も適正AVなどの仕組みを作ってきた。でも、それで現場の問題がすべて解決したわけではありません。
Sex Work is Workと言うのであれば、なおさら「Workとして何が問題なのか」を語らなければならないと思うのです。
嫌だった、傷ついた、断れなかった、待遇が悪かった、辞めたかった――そういうネガティブな声も切り捨てず、むしろ積極的に拾って、どうすれば安全に働けるのか、どうすれば嫌な人はその仕事を選ばずに生きられるのかを考える。
そこはフェミニズムとも共闘できるはずです。
セックスワーカーの人権を守ることと、性差別をなくすことは両立します。
むしろ両立させなければ、Sex Work is Workは本当の意味でWorkにならないと思います。
繰り返しますが、日本の現状でただ「セックスワークに賛成か反対か」という争いにしてしまうこと自体が、あたしは間違っていると思っています。