高市首相の「戦争の惨禍を繰り返させない」という言葉には、一国の首相としての責任認識の曖昧さ、そして無責任さが表れていると感じます。
「繰り返さない」と「繰り返させない」。
この違いは、単なる言葉遣いではありません。責任の所在に関わる問題です。
英語にすると、その違いが見えやすくなります。
We will never repeat the horrors of war.
私たちは二度と戦争の惨禍を繰り返さない。
We will never allow the horrors of war to be repeated.
私たちは戦争の惨禍が繰り返されることを許さない。
前者は、自分たち自身が繰り返さないという誓い。
後者は、誰かが繰り返すことを阻止するという決意。
つまり、自らの行為に対する責任から、他者の行為を防ぐ責任へと、言葉の重心が移るのです。
もちろん、「繰り返させない」に自分たち自身を含める解釈もできます。
しかし、かつて戦争を遂行した国の首相が語るのであれば、まず明確にすべきは、自国が二度と戦争を繰り返さないという責任ではないでしょうか。
戦争を繰り返さない責任を引き受けるのか。それとも、戦争を繰り返す誰かを阻止する立場に立つのか。
平和への決意を語りながら、その主体を曖昧にしてはならない。
歴史的責任を引き受けることなく、平和を守る側に立つ言葉だけを語る。それでは、責任の所在がすり替わってしまいます。
高市さんのこの曖昧で無責任な言葉には、国家の歴史を背負う覚悟も、未来に責任を負う姿勢も見えない。
私には、まさに「腰かけ総理」という言葉が浮かびます。