マイケルジャクソンの命日についてのツイートが沢山ありますが、実は日本時間で言うと本当の命日は日本時間では6月26日になります。
あれから17年の月日が流れましたが、天国にいるマイケルが安らかに眠っていてくれることを願うばかりです。
ここからはその当時のことを振り返ってみたいと思います。
2009年6月26日午前中、速報でマイケルが亡くなった言う情報がインターネットに出回り、またいつものくだらないゴシップだろうと思っていました。
ただ、この頃はTHISISITに向けたリハーサルを行なっている時期で、マイケルが久しぶりにカーリーヘアにしてカッコいいなとかファンサイトで話題になっていました。
その一方で、マイケルが死にそうになっているという噂も一部で出ており、その時は気にも留めていませんでした。
ただ、2009年3月5日に行われたTHISISIT
のアナウンスでは
「Thank you all. This is it! These will be my final shows in London.
And when I say this is it, I mean it, because...I will be performing
the songs that my fans want to hear. This is the final curtain call.」
というように自分自身のファイナルカーテンコールを予見するように息を詰まらせて意味深な発言をしつつ、普段のマイケルにはないような妙なハイテンションだったのです。そしてまるでThriller期のように細い体型だったのです。
この時の奇妙さはマイケルが亡くなった後、舞台裏で何が起きていたか判明しており、ツアーは確実に実行不可能な状態でした。
つまりマイケルは自分がこのツアーで死んでしまうと覚悟していたんだと思います。
そのような上であのようなアナウンスになったのだと…。(この辺の経緯はAEGとの裁判記録を読んでもらえればわかります。)
運命の6月26日お昼前、テレビでも速報が流れたり、インターネットでも病院の前に押しかける人達の映像が流れて、そしてジャクソンファミリーが次々に現れてきます。
そしてマイケルが亡くなったと告げられます。
その後のことはあまり覚えていませんが、ベットの中で夜まで泣いていたことは覚えています…。
翌日、代々木公園でファンサイト主催で追悼集会が行われましたが、精神的なダメージが大きすぎてとても行ける状態ではなく、インターネットのサイトに追悼コメントを残すことしか出来なかった。
あれから17年の月日が流れ、マイケルの伝記映画が一世を風靡しています。
素晴らしい映画できっとマイケルも天国で絶賛していると思います。
でも、今もマイケルに生きていて欲しかった…そんな想いが交錯しています。
#MichaelMovie
#マイケルジャクソン