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MASACHIKO
@officeplus1
自由業。行政書士。宅地建物取引主任者。好きな作家(竹中労、鈴木邦男、桜木紫乃) 映画(若松孝二、白石和彌、ジャ・ジャンクー)、落語(快楽亭ブラック) 週に1回障碍者の介護ヘルパー 趣味はウォーキング、相方とドライブ・旅行。積極財政派。
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MASACHIKO
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about 14 hours ago
「居残り佐平次」のオチがちょっと残念だった。 9月4日金曜日、新宿末広亭の夜席で、トリをつとめた三遊亭遊雀師匠の「居残り佐平次」を聴いた。 マクラなしで噺に入っていく熱演だった。 遊雀師匠の佐平次は、軽妙洒脱な人物というよりも、強引さとふてぶてしさで相手を押し切っていく男として描かれていた。 それはそれで面白く聴かせてもらったが、一つだけ残念だったことがある。 オチのところで、「〇〇しやがったな」「旦那の頭がごま塩ですから」となるのだが、肝心の「〇〇」の部分がよく聞き取れず、「旦那の頭がごま塩ですから」だけが耳に残ったのだ。 家に帰ってから調べてみると、「よくも、おれをおこわにかけやがったな」と言ったらしい。「おこわにかける」とは、「人をだます」「一杯食わせる」という意味で、江戸時代に使われていた言葉だという。 いまではほとんど耳にしない。そりゃあ、わからないのも無理はない。そのため、最近では「おこわにかける」という昔ながらのオチに代えて、「裏を返す」や「知らぬが仏」といった別のオチで演じる落語家もいるようだ。 #三遊亭遊雀 #居残り佐平次 #新宿末広亭
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MASACHIKO
@officeplus1
2 days ago
だれのための消費税なのか――輸出還付金の実態 全国商工新聞8月31日号の一面に、「トヨタなど輸出大企業20社に 消費税2兆3千億円還付」という記事が掲載された。 トヨタ自動車への7000億円余りの還付をはじめ、輸出大企業に毎年、巨額の還付金をもたらす「消費税の輸出還付金制度」。その仕組みとカラクリについて、元静岡大学教授で税理士の湖東京至氏が解説している。 消費税には、「仕入税額控除」という仕組みがある。事業 ainda者は、売り上げにかかる消費税をすべて国に納めるわけではない。そこから、商品の仕入れや外注費、経費などにかかった消費税を差し引き、残った額を納める。 ところが、外国へ輸出する商品には「ゼロ税率」が適用される。輸出売上げにかかる消費税はゼロになる一方、仕入れや外注費などにかかった消費税は、国内販売と同じように差し引くことができる。その結果、差し引く額が国内販売分の消費税を上回れば、その差額が国から還付される。 ここで湖東氏が問題にしているのは、輸出大企業が仕入れや外注費を支払う際、本当に消費税分を負担しているのかという点である。 大企業と下請け企業の取引では、価格を決める力は大企業側にある。下請け企業は、消費税分を含めた値下げを求められても、仕事を失うことを恐れて応じざるをえない場合がある。請求書に消費税額が記載されていても、取引価格全体を引き下げることで、実質的な負担が下請け側に押しつけられている可能性がある。 その一方で、輸出大企業は請求書に記載された消費税額を仕入税額upalとして控除し、還付を受けることができる。 トヨタ自動車は輸出販売の割合が約78%に上るため、輸出にともなう還付額が国内販売分の納税額を大きく上回る。湖東氏の推算によれば、2025年度の還付額は7088億円に達する。ただし、これは国税庁やトヨタが公表した実額ではなく、決算資料などをもとにした推算である。 消費税率が上がれば、仕入れにかかる消費税額も増え、輸出企業への還付額も大きくなる。これに対して、中小・零細業者にとって、価格に十分転嫁できない消費税は重い負担となる。赤字でも納税が発生することがあり、国税の滞納残高でも消費税がもっとも大きな割合を占めている。 社会保険診療や住宅家賃も消費税は非課税であり、患者や入居者から消費税を受け取ることはできない。しかし、こちらは輸出取引とは違い、設備や修繕費などにかかった消費税を原則として控除できず、還付も受けられない。ここに大きな不公平が生じている。 湖東氏は、「輸出大企業に巨額の還付を与える不公平をなくすため、輸出販売も還付のない非課税取引にするべきだ」と主張し、「輸出還付金がある消費税は、あってはならない最悪の不公平税制です」と結んでいる。 #輸出還付金 #湖東京至 #消費税廃止
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MASACHIKO
@officeplus1
3 days ago
「おいおい、このまま終わったら承知しないぞ」と内心毒づいた。ところが、主人公が楽しそうに走ってくる場面で、映画はあっけなく終わった。期待していたものとはだいぶ違い、裏切られたような思いが残った。 しかし、調べてみると、『星の時』は1985年のブラジリア映画祭で作品賞、監督賞、主演女優賞など主要6部門を受賞している。翌年のベルリン国際映画祭では、マカベーアを演じたマルセリア・カルタッショが銀熊賞(女優賞)に輝いた。当時から高く評価された作品だと知り、もう一度、この映画について考えてみた。 一日、二日、三日と時間がたつにつれて、主人公マカベーアへの共感がわき上がってきた。同情ではない。 マカベーアは、一つの部屋を四人の女性で分け合いながら、タイピストとして働いている。職場では「もっときれいに打てないのか」と注意され、安い給料で働かされていても、黙々と仕事を続ける。 コーラが好きで、休日には地下鉄に乗ることを楽しみにしている。なぜかコーヒーショップでは、黒い眼鏡をかけた男性の視線を気にする。ところが、その男性は目が見えなかった、というオチまでつく。 やがて、オリンピコという恋人らしき男ができる。しかし、この男が見栄っ張りで、けちで、ちょっとした小悪党なのだ。しかも、マカベーアは職場の先輩に恋人を奪われ、あげくに「あんた、それで幸せ?」とまで言われてしまう。 ほんとうに、まったくいいところのない人生だった。それでも、マカベーアがだんだん愛おしく見えてくる。いや、愛おしく見えるようになったのは、やはり、あのラストがあったからなのだろう。 このあたりを書くとネタバレになるので、詳しくは書けない。それまで、どこにでもいるような芋ねえちゃんにしか見えなかったマカベーアが、最後には映画スターのように輝いて見えたのだから。(笑
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MASACHIKO
@officeplus1
3 days ago
食料品だけの減税でよいのか――河野太郎氏の消費税減税反対論を考える 8月30日付の週プレNEWSに、消費税減税に反対する河野太郎氏のインタビュー記事が掲載された。 河野氏は、減税によって需要を刺激すれば、さらに物価が上がるという。しかし、今回の案は、飲食料品の消費税率を8%から1%に引き下げるものだ。税抜き100円の商品なら、税込み108円から101円になる。減税分が価格に反映されれば、基本的には値下げの方向に働く。 もちろん、実際にどこまで下がるかはわからない。零細業者のなかには、これまで原材料費などが上がっても、客離れをおそれて価格に転嫁できず、利益を削り、いわば自腹を切るようにして消費税を納めてきた業者もいる。そうした業者が、減税分の一部を本体価格に振り替え、これまでの損失を取り戻そうとすることは十分に考えられる。その結果、値下げ幅が小さくなっても、業者を責めることはできない。 しかし、これは河野氏のいう「減税によって需要が増え、物価が上がる」という話とは別である。消費税減税には、まず税込価格を押し下げる働きがある。それを無視して、減税すれば物価が上がると決めつけるのはおかしい。 そもそも、食料品を1%にするだけで、十分な物価高対策になるのだろうか。 第一生命経済研究所の試算をもとに計算すると、食料品を8%から1%にした場合、平均的な4人家族の負担軽減は年間約5万6000円、1人当たりでは約1万4000円にとどまる。一方、消費税を一律5%にすれば、4人家族で年間約14万1000円、1人当たり約3万5000円の負担軽減になる。 しかも、食料品1%は2年間だけである。その後8%に戻せば、国民にとっては一気に7%分の負担が増える。電気、ガス、水道、衣服、日用品などは、最初から10%のままだ。食料品だけを1%にして、それでよしとするのではなく、せめて消費税を一律5%に引き下げる必要がある。そして、最終的には廃止をめざすべきだと思う。 河野氏は、財政出動や金融緩和はデフレ時には有効だが、インフレ時には逆効果だという。しかし、これも一概にはいえない。大切なのは、物価が上がっている原因と、政府がどこにお金を使うかである。 需要が強すぎて起きるインフレなら、需要をさらに増やす政策には注意が必要だ。しかし、いまの物価高には、輸入する原材料やエネルギー、食料などの値上がりによる面が大きい。農業やエネルギー、物流などを支援し、生産費を下げ、供給力を高めるための財政出動なら、物価を抑える方向にも働く。インフレだから財政出動はすべてだめだ、という話ではない。 食料品1%にも効果はあるが、一律5%のほうが家計を広く支えられる。財源は国債を基本としつつ、物価や金利の状況に応じて大企業や富裕層への課税を組み合わせる。 国債を発行したら、ただちに財政が破綻するわけではない。全額を国債でまかなうと利払いが問題になるというのなら、所得税の累進性を強め、法人税や金融所得課税、富裕税などを強化することもできる。国債か消費税かという二者択一ではない。 また、日本では、60年償還ルールに基づく国債の元本償還費を一般会計の歳出に計上している。しかし、60年償還ルールは国際基準ではなく、日本独自の仕組みである。財務省の会議でも「日本特有の制度」とされている。 国際的な財政統計では、国債の元本償還は、社会保障や公共事業と同じ歳出ではなく、金融取引として扱われる。日本のような形で、60年償還ルールに基づく償還費を毎年度の歳出に計上する仕組みは、主要国には見られない。元本の償還費と、実際に必要となる利払い費は分けて考えるべきである。 日本国債の信用力を示すCDSも、けっして危険な水準ではない。CDSは、数値が高いほど市場が債務不履行の危険を高く見ていることを示す。2026年8月末の日本の5年物CDSは約25ベーシスポイントだった。同じ時期のアメリカとフランスは約33、中国は約36、カナダは約40であり、日本はこれらの国より低い。 もちろん、CDSだけで国の財政状態をすべて判断することはできない。しかし、日本の政府債務が大きいことを理由に、「国債を発行すれば、ただちに市場の信認が失われる」と主張するのも行きすぎである。少なくとも現在のCDSは、日本国債が破綻寸前だという見方を裏づけてはいない。 河野氏は、国債発行によって市場の信認が失われ、円安や金利上昇を招くと警告する。しかし、金利は国債の発行額だけで決まるものではない。日銀の金融政策や物価の見通し、海外金利、国債の需要と供給など、さまざまな要因によって動く。現在の金利上昇には、日銀が政策金利を引き上げ、国債の購入を減らす方向へ動いていることも影響している。金利上昇の原因を、国債発行だけに求めることはできない。 食料品を1%にする案にも、一定の効果はある。しかし、それだけでは十分ではない。いま必要なのは、財政不安をあおって減税を押しとどめることではない。消費税を少なくとも一律5%へ引き下げ、国民の暮らしと中小・零細業者の経営を支えることだ。 衆議院議員・河野太郎「『公約だから』で間違った減税にひた走る。それで政治の責任を果たしたと言えますか?」(週プレNEWS) #Yahooニュース https://t.co/6ieBwMJ0YC
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久保雅猛
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以前は女子プロレス4団体のメインスポンサーとピアニストさんのラジオ番組のスポンサーをしていました。中日ドラゴンズ、バスケットボールBリーグサッカーJリーグ、クラシックメジャー4楽団のシーズンシートと持っていました。60kg減量し、マンションも断捨離してきれいになりました。バルクアップしています。
石原
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関西の30代。育児の傍ら映画やドラマシリーズを観る日々。消費税はクソで原発はゴミ。保守やリベラルを自称する権威主義者には与さない。
たいしょー。“wanna get higher and further”
@fearless_TAISHO
元たまごの会こーほー支援ついったー。落語・講談など情報感想をランダムに撒き散らかしたり。他に日々のよしなしごとなど。飲み喰いとか映画とか特撮とかロックとかねことか。リツイートはフォローのお願いではありません。あしからず。 “It's only ☓☓☓☓(but I like it)”不健康キャラから病弱キャラへ(泣)
MASACHIKO
@officeplus1
6 days ago
とにかく理屈ぬきで楽しめるバイオレンス・アクション映画も、たまにはいい。主人公メイソンと少女ジェシーのロードムービーとしても見ることができる。家族をもつことを拒んでいたメイソンが、少女との旅を通して、誰かと家族のような関係を結ぶことを受け入れていく。そして、長い孤独から解き放たれていく。その姿が心地よい余韻を残した。
MASACHIKO
@officeplus1
8 days ago
「傾向映画」とは、おもに1920年代末から1930年代初めにかけて、商業映画の枠内でつくられた、社会批判的、反権力的な映画の一群である。なかでも"傾向"時代劇では、一匹狼のやくざや下級武士などを主人公に、虐げられた民衆の側に立ち、権力や封建的な支配に抵抗する生きざまが描かれた。 竹中労は、当時について、こう書いている。 「カツドウ大シャシン、娯楽としての映画が、民衆の反権力の情念を煽動して、ある傾向へと主導していくときを迎えた」 時代は治安維持法による強権的な支配のもとにあった。自由を正面から描くことが困難になるなか、「自由になろうとする自由は時代劇という表現をとり、その大衆路線の中に日本映画を活性化した」のである。傾向映画を代表する監督には、古海卓二、伊藤大輔、溝口健二、内田吐夢らがいた。 一方、この本が書かれた1970年代前半、日本映画を取り巻く状況は、決してよいものではなかった。『戦争と人間』『人間革命』などのスペクタクル大作が相次いでつくられ、ついには『日本沈没』に至る。竹中は、このような超大作や、松竹の『男はつらいよ』シリーズに代表されるホームドラマだけを、日本映画の代表にしてはならないと、その傾向を危ぶんでいた。 そもそも竹中が『日本映画縦断』を「傾向映画の時代」から始めたのも、次のような問題意識があったからだ。 「それは冬の時代の前に置かれた不況のなかで、何が人々の愉しみ、慰めであったのかを、考えるためである・・・虚無も残酷も、そして抵抗も、時代と大衆の娯楽である、という当然の認識を映画企業は見失っている」 『日本映画縦断』では、とくに古海卓二と伊藤大輔が詳しく取り上げられている。二人がどのような映画をつくり、監督としてどのように生きたのか。その歩みを、竹中は数多くの証言や資料を交えながらたどっていく。 竹中は、「この連載は読んで面白く、記述は正確にという二律背反にあるので苦労するわけです」とも書いている。読み物としてのおもしろさと、映画史としての正確さ。その両方をめざしたのが『日本映画縦断』だった。
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MASACHIKO
@officeplus1
9 days ago
彼は救われたのだろうか。 トニーは、不動産ローン会社にだまされ、多額の負債を背負わされたと思い、その復讐のためにね命がけのパーティを始める。彼は「ただ謝ってくれたら」と何度も口にする。しかし不動産ローン会社の社長(アル・パチーノ)はしたたかな男だ。簡単には謝罪などしてくれない。それが第一の計算違いだった。 そのかわり、トニーの言い分が地元のラジオ局で流れると、多くの人びとは彼を英雄として祭り上げた。これも彼が最初から望んだことではなかったと思うが、悪い気はしなかったのではないか。 やがて事件は急転直下、解決を迎える。その詳細は、ネタバレになるので書かない。 この映画は、1977年2月8日にアメリカで実際に起きた事件を下敷きにしている。そのため、事件の結末そのものを変えることはできなかったのだろう。最後の場面も、よくいえば余韻を残す終わり方だった。 しかし、トニーはあれほどの事件を起こして、結局何を手に入れたのか。負け犬として惨めな一生を終えるより、たとえ犯罪者になろうとも、勝ち組の連中に「ごめんなさい」と言わせることができるなら、死んでもかまわない。トニーはそう思ったのではないか。その心情は理解できる。だからこそ、そんな彼の生き方を最後まで貫かせてやりたかった。その後の人生をはっきり描かないまま映画が終わってしまったことが、私には少し残念だった。
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MASACHIKO
@officeplus1
10 days ago
朝日新聞8月5日付に、「永住厳格化 矛先は外国人生活保護」という記事が掲載された。 出入国在留管理庁は、外国人の永住許可ガイドラインの改定案を発表した。「日本人世帯の平均を上回る年収水準」など、従来より厳しい要件を設けるという。異例の大幅改定の背景には、外国人の生活保護利用に対するいわれなき反対論があった。 そもそも、日本の生活保護の歴史を振り返ってみよう。 1946年、旧生活保護法が施行された。この法律には、対象を日本国民に限定する国籍条項はなかった。ところが1950年の大幅な改正によって、対象が「国民」とされた。 この時点では、在日朝鮮人や台湾人はまだ日本国籍を有していた。その2年後の1952年、サンフランシスコ平和条約の発効によって、彼らは日本国籍を失った。 厚生省は1954年、各都道府県に対して、「当分の間、生活に困窮する外国人に対しては、一般国民に対する生活保護の決定実施の取扱いに準じて、必要と認める保護を行う」という通知を出した。このため、在日朝鮮人や韓国人だけでなく、ほかの国籍の外国人にも生活保護が行われるようになった。 1990年には、対象が永住者や定住者、日本人の配偶者、特別永住者、難民認定を受けた人など、日本に生活基盤をもつ外国人に整理され、今日に至っている。 なお、日本が批准した国際人権規約の社会権規約は、「社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利」を認めている。また、難民条約は、合法的に滞在する難民への公的扶助について、自国民と同一の待遇を求めている。社会保障から外国人を国籍だけで一律に排除しないことは、こうした国際条約にも示された原則である。 記事によれば、2024年度の生活保護受給者は国内全体で約200万8千人。このうち、世帯主が外国人の世帯に属する受給者は約6万5千人で、全体の3.24%である。しかも、この数字には配偶者や子どもが日本人の場合も含まれている。 国内全体の生活保護受給率は1.62%、永住者は1.96%だという。永住者のほうが0.34ポイント高いが、この差だけをもって、永住許可を大幅に厳しくする根拠になるのかは疑問である。 むしろ指摘しなければならないのは、本来なら生活保護を利用できる人たちが、「生活保護は悪いことだ」という偏見や同調圧力によって、利用できていない現実である。 生活保護の対象となり得る低所得世帯のうち、実際に制度を利用している割合を「捕捉率」という。厚生労働省の国民生活基礎調査をもとにした推計では、生活保護基準を下回る世帯のうち、実際に受給していた世帯は22.6%にとどまっている。捕捉率の計算には難しさがあるが、生活保護を必要とする多くの人に制度が届いていないことは確かだ。 外国人の生活保護を問題にする前に、日本人を含め、生活保護を必要とする人がためらわずに申請できるようにすることのほうが、はるかに重要ではないか。 是川夕著『ニッポンの移民――増え続ける外国人とどう向き合うか』によれば、現在20万人を超えて居住する特定技能1号の多くが、5年間の在留期間の上限を迎え、特定技能2号へと切り替えることが予想される。特定技能2号には在留期間の上限がなく、条件を満たせば、将来、永住許可を申請することもできる。 外国から日本へ働きに来る人たちにとって、また、定住者として日本で働き、生活している人たちにとって、将来、永住許可を得られることは、働き続けるうえでの希望や励みにもなっていたはずだ。 しかし、今回の改定案によって、そのハードルは現実的に高くなる。介護など、日本社会に欠かせない仕事を長年続けていても、業界全体の賃金が低いために永住を認められない人も出てくる。社会に必要な仕事をまじめに続けてきた人を、その仕事の賃金が低いという理由で排除するのは、あまりにも理不尽ではないか。 永住許可を得るということは、単に日本で働き続けるだけではなく、家族とともに生活の基盤を築き、この社会の一員として暮らしていくことを意味する。ところが今回の改定案は、人をどのような仕事で社会を支えてきたかではなく、年収の高さによって選別しようとしている。 必要なときには外国人を労働力として受け入れながら、収入が低かったり、将来、生活保護を必要とする可能性があったりすれば、永住への道を閉ざす。それでは、外国人を社会の一員としてではなく、都合のよい労働力としてしか見ていないことになる。 問われているのは、外国人に生活保護を利用させるかどうかではない。日本で長く働き、暮らしてきた人を、同じ社会に生きる生活者として受け入れるのかどうかである。 永住厳格化、矛先は外国人生活保護 許可ガイドライン改定案:朝日新聞 https://t.co/tiiY0lgzYI
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MASACHIKO
@officeplus1
11 days ago
まず気になったのは、「処理水」という呼び方である。これは、もともと原子炉建屋などで発生した汚染水を、ALPSなどで処理した水だ。トリチウムだけでなく、セシウムやストロンチウムなども完全にゼロになるわけではない。ウランやプルトニウムなども測定・評価の対象だが、個別に測るのではなく、おもに「全アルファ」としてまとめて測定されている。こうした説明が記事から抜け落ちている。 政府や東電は、トリチウム以外の放射性物質について、放出基準以下、あるいは検出限界値未満だから問題ないとしている。しかし、タンクにある水は約124万トンにもなる。たとえ一リットルあたりの濃度が低くても、これだけ大量の水を何十年にもわたって放出すれば、放射性物質の総量はどうなるのか。海洋や生物に長期的な影響はないのか。 もちろん、政府や東電の安全評価では、放射性物質の総放出量や海洋での拡散も計算されているという。しかし、それは一定の条件を置いた予測である。現在ある約124万トンに加え、汚染水はいまも発生しつづけている。その計算だけで、何十年にもわたる海洋や生物への影響を十分に見通せるのだろうか。 「通常運転中の原発でも、トリチウムを含む水を海へ流しているではないか」という人もいる。しかし、通常運転によって生じた排水と、重大事故によって生じ、溶け落ちた核燃料に触れた汚染水とでは、発生の経緯も、含まれる可能性のある放射性物質の種類も異なる。単純に同列に扱うことはできない。 世界を揺るがした大きな原発事故として、アメリカのスリーマイル島原発事故、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故、そして福島第一原発事故がある。しかし、重大事故によって生じた大量の処理水を、数十年にわたって計画的に海へ流しつづけるという処分は、きわめて異例である。 原発事故が起きたときの基本は、「核分裂反応を止める」「核燃料を冷やす」「放射性物質を閉じ込める」ことだとされてきた。事故によって生じた放射性物質を含む水を、基準値以下に処理したとはいえ、海へ流しつづける。「放射性物質を閉じ込める」という原則との関係を、政府や東電はどう考えているのだろうか。 記事の後半では、漁業関係者らへの賠償について書かれている。「損害の立証に苦戦し、請求に至らない例も多い」という。実際、東電には約3000件の問い合わせがあったが、請求に至ったのは約1300件だったという。 思い出してほしい。政府と東電は地元の漁業関係者に対して、「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」と約束していた。しかし、2023年8月、漁業関係者の反対が残るなかで、ALPS処理水の海洋放出に踏み切った。そうである以上、漁業関係者に生じた経済的な損害については、四の五の言わずに面倒をみたらどうだ、と言いたい。 処理水放出、先行き不透明 福島第一原発、廃炉完了は51年目標:朝日新聞 https://t.co/fNpNR6aL5e
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MASACHIKO
@officeplus1
13 days ago
高橋哲哉著『戦後責任論』 戦後生まれの日本人に「戦争責任」はあるのか。 「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」 これは1995年3月16日、当時、一年生議員だった高市早苗氏が衆議院外務委員会で述べた言葉である。「私は戦争を知らない。責任を取れと言われても困る」というわけだ。この問題を哲学者の立場から、理論的、倫理的、そして多層的な視点で解き明かしたのが、高橋哲哉著『戦後責任論』である。 この国では8月になると、風物詩のように「戦後○○年」と銘打った戦争関連の記事が増える。しかし、その多くは、戦争で悲惨な目に遭った日本人や、日本軍兵士とその遺族を取材したものだ。 戦争の悲惨な現実を伝えることは、次なる戦争を防ぐうえで、とても大切なことだと思う。しかし、先の戦争で大日本帝国が加害国であったことを忘れてはならない。日本はアジア諸国を侵略し、多大な損害と苦痛を与えた。植民地や占領地では、さまざまな国際法違反、戦争犯罪、迫害行為を行った。 戦争を計画し、命令し、実行した者には、ギルト、すなわち罪責としての責任がある。だれが何を行ったのかを明らかにし、責任者を処罰する必要がある。同時に、日本国家には、侵略や植民地支配によって被害を受けた人びとに謝罪し、補償する法的・政治的責任がある。 つまり、先の戦争による日本人の被害を考えるうえでも、侵略されたアジアの人びとの存在を抜きに語ることはできないのである。この本は、アジアの被害者に向き合うことの重要性を教えてくれる。 著者は言う。 「汚辱の歴史を保持し、それに恥じ入りつづけるということは、あの戦争が侵略戦争だったという判断から帰結するすべての責任を忘却しないということを、つねにいまの課題として意識しつづけるということである。このすべての責任の中には被侵略者である他国の死者への責任はもとより、侵略者である自国の死者への責任もまた含まれる」 これは、日本人として正直、とてもしんどいことである。歴史修正主義的な立場からは、「自虐的だ」という非難も出てくるだろう。しかし、このしんどさから逃げず、過去の責任を「いまの課題」として引き受ける。それ以外に、日本の戦後責任に向き合いつづける道はないのではないか。
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MASACHIKO
@officeplus1
15 days ago
映画「死ねばいいのに」 「死んで、どうですか」「なら、死ねばいいのに」「人殺しは人殺し」「幸せだから死にたい」「あなた、幸せじゃないですよ」「ずっと幸せでいたい」「なんですかね、幸せって」「私にはわからない。不幸のほうがわかりやすい」「亜佐美って、なんだったんですか」――。 そんなせりふが飛び交う、会話劇のような映画だった。 映画は、渡来映子が、殺された亜佐美の関係者を訪ね、亜佐美のことを根掘り葉掘り聞き出そうとする場面から始まる。この調子で一人ずつ訪ね、最後まで進んでいくのか。そう思うと、正直、しんどい映画だと感じた。 しかし、二人目の話が終わったところで、物語は意外な展開を見せる。その後も、渡来と亜佐美の関係をたどり直すように会話が重ねられ、そこに過去のエピソードが挿入されていく。最初は退屈に感じたのに、いつの間にか引き込まれ、終盤のビルの屋上での渡来と亜佐美のやりとりでは、涙までこぼれてしまった。 亜佐美は、不思議な女である。あれほどの不幸を背負いながら、笑って「幸せです」と、恥ずかしげもなく言えてしまう。渡来が「あなたは幸せじゃない」といくら言っても、決して認めない。強がっているのではない。本当に心から、自分は幸せだと思っているのだ。 現実にそんな人はいないだろう、とも思う。けれども、伊東蒼が演じる亜佐美が現れ、ニッと笑ったとき、その存在が強く胸に響いてきた。そこには底知れない不気味さがあり、まさに亜佐美という人物にはまりきっていた。 奈緒が演じる渡来の、空気を読まないふてぶてしさもよかった。そして、亜佐美の母親を演じた田畑智子の、胸の奥にたまった複雑な感情が一気にほとばしるような演技も忘れがたい。 本当に、「幸せって、なんですかね」。私にもわからない。たしかに、「不幸のほうがわかりやすい」のかもしれない。 映画のなかで何度も語られる「死ねばいいのに」という言葉を、自分に向けて言ってみた。いったい、どんな感情がわき上がるのか。 答えは、「まだ、いいですよ」。 なぜなら、私はまだ、死にたくなるほど幸せではありませんから。
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MASACHIKO
@officeplus1
16 days ago
1968年作品『連合艦隊司令長官 山本五十六』は、前年に公開された『日本のいちばん長い日』の大ヒットを受けてつくられた、東宝「8・15シリーズ」の第2作である。三船敏郎をはじめ、当時の東宝を代表する男優たちが顔をそろえた、文字どおりのオールスター映画だった。 映画は冒頭から、山本の庶民的な人柄を伝えるエピソードを重ねる。若い兵士たちに心を寄せ、軍人でありながら日米開戦には最後まで反対した、聡明な指揮官として描かれている。開戦が避けられないなら、短期決戦で優位に立ち、戦争を長引かせずに講和へ持ち込もうとする。しかし、その思惑はことごとく外れていく。 山本五十六は、昭和18年(1943年)4月18日、乗っていた一式陸上攻撃機を米軍機に撃墜され、命を落とす。映画のなかで山本が漏らす「誰のために戦争をしているのだ」という言葉には、戦争を止められないまま指揮を執りつづける、苦渋が表れている。ただ軍人としてかっこよく描きすぎではないかと思う。その後の日本の惨憺たる負け戦を見ることなく亡くなったのは、彼にとって幸せなことだった。
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MASACHIKO
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16 days ago
朝日新聞(8月21日)に「新NISAに国債追加 検討」という記事が出た。「片山財務相は前向き」という見出しで、「日銀が国債購入を減らすなか、買い手を増やしたい政府内の思惑がある」という。 国債全体のうち、家計が保有する割合は2%にとどまる。現状では、日銀が48%、銀行などが15%、生損保などが15%である。家計の保有を増やすだけで、日銀の縮小分をどこまで補えるのだろうか。また、国債は、個人の投資を支援する新NISAの趣旨に合わないのではないか。 どうしてこのような記事が出てきたのか。邪推を承知でいえば、朝日が「国の借金である国債」と書いているように、国債に「国の借金」という負のイメージを持たせようとする狙いが見えてくる。というのも、国民が国債を直接購入すれば、国民が政府にお金を貸す関係が目に見えやすくなる。それによって、政府の借金はいずれ国民が税金で返さなければならないという、財務省流の見方が補強されるわけだ。 そもそも国債は、政府にとっては負債だが、国民の借金ではなく、民間にとっては資産である。個々の国債は満期が来れば償還されるが、国債残高全体を税金で完済するのではない。多くの国では、借換債によって借り換えている。 従来どおり、銀行などが国債を保有することもできる。それで国債市場が不安定になるというのなら、家計に税制上の優遇まで与えて買わせるのではなく、必要に応じて日銀が国債を買い入れればよい。 新NISAに国債追加 金融庁、税制改正要望で検討 慎重論も根強く:朝日新聞 https://t.co/pLBwqwqUIq
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18 days ago
「開戦前夜」 数字と事実によって精神論を打ち破っていく総力戦研究所の議論は、映画としてたいへん見ごたえがあった。若き研究員たちが脅しにも屈せず、「開戦すれば取り返しのつかない惨劇を招く」と近衛内閣に突きつける場面は、まさにこの映画のクライマックスだった。 ただ、その結論を政府が知りながら、なぜ日本は開戦へ突き進んだのか。その過程が意外にあっさり描かれたため、後半には少し物足りなさが残った。 戦争によって、日本では軍人・民間人を合わせて約310万人が命を失った。日本が侵略し、戦場としたアジア各地では、約1800万人、推計によっては2000万人をこえる人びとが犠牲になったとされる。総力戦研究所が警告した「取り返しのつかない惨劇」は、現実のものとなったのである。
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MASACHIKO
@officeplus1
21 days ago
この映画を一言でいえば「ヒトラーの毒見役」として強制的に召集された七人の女性を通して、戦争の愚かさや過酷さ、残酷さを描いた作品である。 第二次世界大戦中、ヒトラーはソ連に近い東プロイセンの森に、「狼の巣」と呼ばれる総統大本営を造り、ここを重要な拠点の一つとして戦争を指揮した。 1943年11月、ヒトラーの毒見役として七人の女性が召集される。その一人が、主人公のローザである。なにも知らされないまま連れてこられた彼女たちの前には、おいしそうな料理が並べられ、食べるように命じられる。内心、これはラッキーだと思った女性もいたかもしれない。だが、食べ終わったあと、それがヒトラーのための毒見だったと知らされる。 このときの彼女たちの反応がおもしろい、と言っては語弊があるが、それぞれの性格がよくあらわれていた。毒見という任務は、部外者から見れば、どこかこっけいな所業にも映る。それを真顔で強制する兵士たちに、「それがおまえたちの戦争なのか」と突っ込みを入れたくなる。 だが、彼女たちにとっては切実だ。体調が悪く、食欲がない日だってある。それでも食べなければ銃を向けられる。泣きたくもなるだろう。それでも彼女たちは、毒見を続けた。 やがてドイツの戦況は悪化し、ソ連軍がドイツ領内へ攻め込む危険が高まる。ヒトラーが1944年11月に「狼の巣」を離れ、彼女たちはようやくお役御免となる。毒見役を務めたのは、ほぼ一年だった。そのあいだ、互いに反発することもあったが、しだいに友情をはぐくんでいく。そしてローザは、仲間の一人を命がけで救おうとする。 それにひきかえ、と言ってはなんだが、親衛隊の中尉は、彼女たちの前ではこわもてで通しているものの、じつは「命令だからやっている」と弱音を吐き、悪夢にうなされる人間として描かれる。自分のしていることに苦しみながらも、土壇場では命令に逆らえず、ユダヤ人の女性に向かって非情にも引き金を引く。 戦時下という非常時に、良心に恥じながらも命令に背けない男と、弱さを抱えながらも友を救おうとする女。その対照が、戦争の非情さをいっそうきわ立たせていた。
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MASACHIKO
@officeplus1
24 days ago
『熱狂をこえて』は、LGBTQ+の当事者に勇気を与える映画だ。 南定四郎さんは今年94歳のゲイ男性。いまは年下のパートナーとともに沖縄で暮らし、ラブラブの人生を送っている。LGBTQ+の当事者に限らず、私のような異性愛者にとっても、うらやましくなるような人生だ。 いまでこそ、同性パートナーシップ制度を導入する自治体が全国に増え、テレビや映画でも『きのう何食べた?』『おっさんずラブ』『ぼくたちん家』のように、ゲイのカップルの日常が自然に描かれるようになった。ゲイ男性を取り巻く状況は少しずつよくなっているが、南さんが若かったころは、息苦しい時代だったに違いない。 とくに30代までの南さんは、ゲイである自分をどう受け入れ、社会と折り合いをつけていくのかに苦しんだ。仕事も長続きせず、転職を繰り返した。異性愛者をよそおうために女性と結婚し、二人の子どもをもうけたという。しかし、父親らしいことは何もできなかったと、自責の念を口にしている。 そんな南さんの人生が前向きに変わるきっかけとなったのは、40歳を過ぎてゲイのミニコミ誌『アドニスボーイ』を始め、1974年に月刊ゲイ雑誌『アドン』を創刊したことだった。ゲイ雑誌の編集・発行を仕事にすることで、自分がゲイであることを隠す必要がなくなった。それまで抑えてきた思いをぶつけるように雑誌づくりに打ち込み、事業としても成功を収めた。 やがて、その情熱はゲイ解放運動へと向かう。1994年、62歳の南さんは、日本で初めてのプライドパレードを主導した。『アドン』の収益も運動につぎ込み、物心両面から支えた。まさに「熱狂」の時代だった。 パレードは翌年、翌々年と続いたが、1996年の第3回パレードでは、運営をめぐってレズビアンの参加者たちとの対立が表面化した。南さんを支持するゲイ男性の一部からは、「レズのくせに」といった女性を見下す発言も飛び出し、会場は紛糾したという。その後、南さんのもとで活動していた若者が投身によって自ら命を絶つという痛ましい出来事もあり、南さんは運動の表舞台から身を引いた。 南さんが主導したパレードは3回で終わったが、その後も主催者や名称を変えながら、プライドパレードは全国各地へ広がっていった。現在では40か所以上で開催されている。東京では2026年のパレードに1万5000人が参加し、関連するフェスティバルには延べ約27万人が集まったという。 その出発点をつくった南さんの功績は、やはり大きい。
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MASACHIKO
@officeplus1
25 days ago
『トーキョーナイトフォール』は、若者の自死を扱った映画である。 雨無、能津、服部の三人は幼なじみだった。雨無の妹アンナを加えた四人で、いつもつるんで遊んでいた。そんなアンナが、自ら命を絶った。 雨無はそのことを悔やみ、アンナを死なせたのは自分ではないかと自らを責める。そしてある晩、都内某所で開かれる、集団心中パーティと称するイベントに潜入する。 パーティの世話役の男が、格闘技でもやっていそうないかつい風貌だったのには、思わず笑ってしまった。少なくとも、私が勝手に思い描いていた自殺志願者の姿とは、あまりにもかけ離れていたからだ。 映画は、集団心中パーティに潜入した雨無と、そのあとを追って潜り込んだ能津と服部の現在をワイド画面で映しつつ、四人で撮った過去のプライベート映像を挟み込んでいく。男たちにとってアンナはどのような存在だったのか。四人の関係が、少しずつ明らかになっていく。 しかし、なぜアンナが死んだのかは、最後まで明らかにされない。集団心中パーティに参加した若者たちも、ただ「死にたい」と口にするだけで、なぜそこまで追いつめられたのか、その理由までは語られない。 映画のなかで交わされるのは、「死ぬことに理由など必要ない」「泣いてまで生きつづける理由は?」「死ねば楽になれる」「自分の人生だから好きにさせて」といった、悲観的なせりふばかりである。 そんなふうに言われたら、何も言い返せなくなってしまう。 でもなあ、集団心中パーティって何だよ。「みんなで死ねば怖くない」ってか。 そんな映画のなかで、唯一、元気をもらえたせりふがあった。 「三十歳で、おれは死ぬ。それまで本気で生きる」 それでいいんじゃないの。しょせん、人間の命なんて明日も知れない。災害や交通事故、通り魔事件に巻き込まれ、命を落とすことだってあるんだから。
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MASACHIKO
@officeplus1
28 days ago
ブレイディみかこさんの名前を初めて目にしたのは、もう8年ほど前になる。中日新聞の夕刊に掲載されていたコラム「紙つぶて」だったと思う。何について書いていたのか、細かなところまでは覚えていない。たしか格差や階級など、イギリス社会について書いていたように思う。ただ、書かれている内容には興味をひかれた。そして、それ以上に気になったのが、「イギリス在住の保育士」という肩書だった。 その後、『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』を読んだ。ブレイディさん自身のさまざまな労働体験などをもとにした作品で、そこでまず感じたのは、「この人、文章がうまいなあ」ということだった。 もう一つ、私がブレイディみかこさんを信用している理由がある。松尾匡、北田暁大との鼎談『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』を出しているくらいの、筋金入りの反緊縮の論客だということだ。貧困や格差を語るだけではなく、その背景にある経済政策にも目を向けている。 そんなブレイディさんの『それはどこでも起こり得る』には、「壊れゆく世界への抵抗」という副題がついている。 いま西洋で起きていることは、決して遠い国の出来事ではない。すぐそこまで来ている日本の姿でもある。 本書では、「自己責任」「極中」「クラス・シーリング」「プラットフォーム・ポリティクス」「テクノ大衆」、そして「リマイグレーション」といった言葉が取り上げられる。おもに彼女が暮らすイギリスの話が中心だが、トランプのアメリカなどもまな板にのせている。 「自己責任」など、日本ではとっくにおなじみの言葉である。そして「リマイグレーション」も、もはや他人事とはいえない。ブレイディさんが警告していることのいくつかは、すでに日本でも起きはじめているのだ。 では、どうすればいいのか。残念ながら、特効薬のようなものがあるわけではない。 あとがきでブレイディさんは、「この誇りという尊厳こそが地べたのわたしたちに残された砦」であり、それを「何があっても守りきる」という意地が、この先にある時代を決めるのだと書いている。 本書に出てくる言葉の一つ一つを、自分の頭で考える。その言葉によって見えてくる現実がある一方で、隠されてしまう真実もある。その言葉が生まれた歴史的な背景や、為政者がそれを使う意図を探り、社会がどのように変えられようとしているのか、それによって私たちにどのような不都合が及ぶのかを考える。一時の感情に流されず、必要なときには抗う。 自分たちの誇りと尊厳を取り戻していくには、まずそこから始めるしかないのだろう。
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MASACHIKO
@officeplus1
about 1 month ago
彼女たちの戦いはまだ終わっていない。 この映画「わたしの聖なるインド」がよかったと感じたのは、ノウシーン・ハーン監督自身がムスリムであることを明らかにし、あくまでムスリム女性たちの抗議運動に寄り添う姿勢で取材しているところだ。ことさら中立を強調することで、結果的に権力側に力を貸してしまうような取材にはなっていない。 ムスリム女性たちは、誰かに指示されたわけではない。自らの意思で集まり、座り込みを始めた。運動はしだいに広がり、多い日には男女合わせて10万人以上が集まったという。彼女たちの座り込みは100日以上も続いた。 参加した女性たちの職業も境遇も年代もさまざまだ。彼女たちは声を上げるだけでなく、参加者のために炊き出しを行い、運動を支えた。そして彼女たちの存在が、宗教の違いをこえてインド各地に連帯を広げる力になったのではないか。 結果的に、シャヒーン・バーグの座り込みは、警察による圧力や弾圧が続くなか、新型コロナによるロックダウンによって撤去された。その後、反CAA運動にかかわった活動家や学生のなかには、いまも長期間拘束されている人がいるという。問題はまだ終わっていない。 ラストに、ひとりの女性が台所で料理をしながら、また必要になれば立ち上がるという趣旨のことを語る場面がある。一度声を上げることを知った女性たちは、何かが起きれば、きっとまた立ち上がるだろう。そんな力強い可能性を感じさせるラストだった。彼女たちの戦いはまだ終わっていない。
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MASACHIKO
@officeplus1
about 1 month ago
わたしはよそ者だった。「アイ・アイ・ワズ・ア・ストレンジャー」 2015年のシリアは、バッシャール・アル=アサド政権の時代だった。2010年末からアラブ各国に波及した「アラブの春」の流れのなかで、民主化を求める抗議運動が広がったが、政権はこれを力で抑え込もうとし、やがて内戦へと発展していった。 アサド体制下では、総合情報局、軍事情報局、空軍情報局、政治治安局など複数の治安・情報機関が国民を監視していた。それぞれの権限は重なり合い、一つの組織が力を持ちすぎないよう、互いをけん制する仕組みにもなっていたという。中東問題の専門家、高橋和夫氏の著書には、「シリアの主要産業は秘密警察だった。この恐怖の監視体制がアサドの独裁を守った」という記述が出てくる。 監督・脚本のブラント・アンダーセンは、難民や避難民の人道支援に熱心にかかわってきた活動家でもある。一方で、『エベレスト』『沈黙-サイレンス-』『バリー・シール/アメリカをはめた男』など、ハリウッド映画の製作にもかかわってきた。本作は彼の長編監督デビュー作にあたる。 原題と同じ『I Was a Stranger(アイ・ワズ・ア・ストレンジャー)』を訳せば、「私はよそ者だった」となる。 映画の冒頭には、シェイクスピアが加筆したとされる戯曲『サー・トマス・モア』の、「よそ者(strangers)」についての演説が字幕で流れる。 「想像してみてほしい。哀れなよそ者たちが、赤ん坊を背負い、わずかな荷物を持って、国外へ追い出されるため港へ向かって歩いている姿を。」 映画は「医師」「兵士」「密航業者」「詩人」「船長」の5つのパートで構成されている。それぞれ別々の人生を生きていた人たちが、ある場所で出会い、その出会いが互いの運命に影響を及ぼしていく。映画として見ても、おもしろい趣向でシナリオが書かれている。そして、最後に用意されたエピソードが非常によかった。脚本も手がけた監督のアイデアなのだろうか。 内戦下のシリアで、医師として献身的に人びとの命を救うアミラ。 シリア政府軍の兵士でありながら、反政府側とみなした市民を容赦なく殺していく非人道的なやり方に疑問を抱くムスタファ。ついには、アミラと娘まで殺そうとする情報機関の上官に逆らうことになる。 密航業者マルワンは、難民から金を取り、粗末なボートに押し込んで海へ送り出す。血も涙もない男に見える。ところが、家に帰れば病気がちな息子を育てるシングルファザーである。いつか息子とアメリカで暮らすことを夢みて、そのための金を貯めている。 「もう二度と置いていかないで、パパ」 息子のこの言葉が意味深だった。 そして、トルコの難民キャンプから家族とともにギリシャを目指す詩人ファティ。 彼らは、いつ沈んでもおかしくないような小さなボートに乗り、トルコからエーゲ海を渡る。その難民たちを救うために出動するのが、ギリシャ沿岸警備隊の船長スタヴロスである。 当時、レスボス島の沿岸警備隊には1日に5~10件ほどの遭難通報があり、1日に240人から400人を救助することもあったという。 2015年のギリシャは、深刻な政府債務・金融危機のまっただなかにあった。難民どころではない、と言いたくなるような状況である。それでも、この年だけで約85万6000人の難民・移民が海を渡ってギリシャに到着した。 命からがらギリシャにたどり着いた人びとは、そこで旅を終えたわけではない。さらに安住の地を求め、ヨーロッパをはじめ世界各地へ散らばっていった。 映画は、そのなかの一人、医師アミラのその後も追いかける。 2023年、彼女はシカゴの病院で働いている。 そして最後に、心に残るエピソードが待っている。 それがどんな場面なのかは――映画館で確かめてほしい。
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