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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
入院中でちょっとイライラしてます 3人部屋が辛すぎて……冬
Joined February 2022
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
10 days ago
笹子の葬儀の後は、いろいろな遺品が残りました。 私の部屋の掃除を手伝いに来た母が、 「これもらうわ」 と言って手にしたのは、笹子が生前、 「お義母さんにこれあげたい」 と言ってアドベンチャーワールドで買った、パンダのスマホポーチでした。 私は何も言っていないのに、母はそのまま自分のスマホを入れて身につけました。 その時は驚きました。 そして、そんなに食い意地が張っているわけでもない母が、冷蔵庫の奥にあった一個2000円の高級ゼリーを見つけて、 「これ食べるわ」 と、スプーンで食べ始めた時も驚きました。 それは笹子が、 「次、お義母さんの家に行くときは、これをお土産に持って行こう」 と言って、試しに一個だけ買っておいた札幌の老舗菓子店の物だったからです。 私はその様子を見て、母に、 「俺がこれから新しい女と付き合えるかどうかはわからんけど、あんな……笹子ほどオカンに気に入られたいと思う女は、これから到底よう見つけんわー」 と、呆れたように言いました。 笹子は霊感がかなり強かったという話は、今までの投稿文でも何度か書きました。 しかし、このスマホポーチとゼリーの話だけは、本当に自分でも驚いた体験でした。 部屋にあいつはまだいるな、と確信した出来事でもあります。 そして現在、笹子の実母、つまり私の義母に対して何かと世話をしているのも、笹子が私の母を大事にしてくれた、その想いを返すという意味もあります。 まぁ、こんなエピソードが無くても、笹子と顔立ちがそっくりな義母の姿を見ていると、 「二人が年を取ったまま一緒に過ごしていたら、笹子もこんな感じになったのかなー」 と妙に懐かしく感じることも、義母によくする理由ではあります。 そして私の母とは対照的に、そんな義母と笹子が結局仲の悪いまま別れることになってしまった原因を作った、あの「J」に対しては、今まで詫びの言葉も何一つありません。 しかし今さら、あの嘘にまみれた人間の口から何を聞いたとしても、私の心が動くことはありません。 ですので、引き続きこちらも、為すべきことをコツコツと進めていきたいと思っております。 本日のお話は以上です。 読んでいただき、ありがとうございました
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
10 days ago
【第二章 第二十一回】 こんにちは。 九月も終わりに近づき、 北海道ではすっかり秋の気配が濃くなってきました。 昼間はまだ過ごしやすい暖かさがありますが、 朝晩にはひんやりとした空気を感じるようになり、 少しずつ季節が進んでいることを感じます。 ついこの間まで夏だったように思いますが、 北海道の秋は足早にやってきます。 そんな季節の移り変わりの中で、 今月も24日、笹子の月命日を迎えました。 私は大阪の出身ですが、笹子を初めて自分の実家に連れてきたのは、今みたいなうっすらと寒さを感じる秋の日だったと思います。 私の人生で「恋人」と呼べる存在は、今のところ笹子と、その前の彼女の二人だけですが、実家に初めて連れてきたのは笹子でした。 私と付き合いだしてからは滅多にしなくなった化粧をして、実家の前に立った笹子は、 「♪一戸建てだー!! 豪邸だー!!」 と嬉しそうに言っていました。 別に私の実家は豪邸ではありません。 ただ、石垣もあり、階段もあり、庭には母の趣味の園芸で花が一面に咲き誇っていました。 小さい頃からマンション暮らしだった笹子にとってみれば、持ち家の一戸建てというのは豪邸に見えたようです。 そんな笹子も、母と対面するときは急に緊張した面持ちになりました。 母はそんな笹子のために、毎年、母の田舎から送られてくる松茸を使った「松茸寿司」を大量に作って待っていました。 笹子はそれを見て、 「うわー、私、松茸は生まれて初めて食べるんですー♪ こんなにいっぱいー!!」 と素直に感激していました。 私も小さい頃から、田舎の赤松山で採れる香りの強い松茸は食べてきました。 とはいえ、およそ10万円相当の貴重品です。 普通なら風味が逃げないよう真空パックにして冷凍し、来客用や贈答用などに、ちびりちびりと使うような物です。 送られてきたその年の分を、一気に全部使い切るような出し方は、私も初めて目にしました。 笹子は「美味しい、美味しい」と何個もパクつき、国産松茸で作った母自慢の手作り寿司に感激していました。 私はパクパク食べる笹子に、 「……田舎では同じ物が『道の駅』で、それ一個2000円で売ってる奴だからな!?」 と、ちょっと呆れ顔をしつつも、母も笹子のことを歓待しているようで嬉しく思っていました。 が、母の歓待ムードというのは、その初日がピークでした。 笹子は品のある女なので、ある程度は母に対する態度なども大丈夫だろうとタカをくくっていました。 しかし、やはり家では家事を一切しない女です。 母と一緒に台所に立ったり、料理を手伝ったりすることもなく、はっきり言うと本当に終始「お客様然」としていました。 そのため段々と母の扱いもおざなりになっていき、和歌山のアドベンチャーワールドへ二人で車で出かけるという日に持たせてくれた、母の作った「巻き寿司」を見て、私は「ああ……」と思いました。 この日のことは後日、北海道に来た私と仲の良い甥ッコと一緒に飲みに行ったときに話題になりました。 私は甥ッコに、 「お婆ちゃん……笹子のこと、なんて言うとった!?」 と印象を尋ねました。 すると甥ッコは、 「それなぁ……どう言うたらええんやろなー!?」 と天井を見上げ、言いにくそうな表情で思案し始めました。 私はその甥ッコの態度を見て、一瞬で言いたいことを察知しました。 皆まで言うな、と彼のコップにビールを注ぎながら、 「あの巻き寿司の量ですぐわかったわな!? 俺と笹子、二人居るのに、あんな巻き寿司一本分しか無い量を持たすわけが無い」 と苦笑しました。 まさにそのお察し通りで、母は笹子のことをまったく気に入っていませんでした。 笹子は、 「あたし、年寄りに好かれやすいタイプだから」 とか、根拠の無い自信を満々にしていましたが、母からは確実に呆れられていました。 母は基本、気が利かないタイプの人間が嫌いなのです。 また、自身がどこへ行っても率先して動く昔の女性なので、お客様然としてどーんと座って待ち構えている女、というのを嫌います。 それになにより、男の私が、動かない笹子に先んじてチョコチョコと動くというのも気に入らなかったようです。 それをすべて表していたのが、あの「小さい弁当箱に入っていた巻き寿司」でした。 母と仲が良い私は、それだけで完全に察していました。 その後も、笹子は私の実家を何度か訪れる機会がありました。 実家で分厚い布団にくるまって熟睡し、その後は大阪のミナミの街を探訪したり、大好きなパンダがいる和歌山のアドベンチャーワールドへ行くための中継基地にしたりと、笹子にとっては楽しいことだらけでした。 実家滞在中は、ずっとはしゃいでいました。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
10 days ago
しかし彼女も、実は母の気持ちには気付いていたようです。 後日わかったことですが、スマホのメモや日記帳などにも、それとなく、 「お義母さんに気に入られてないかも」 という趣旨の言葉を残していました。 転機になったのは、笹子が亡くなる二か月前に行われた、私の父の八回忌の集まりで、私と笹子が実家を訪れたときです。 母もこの頃になると、足が不自由なのに出来るだけ動こうとしている笹子の意思をくみ取っていました。 私たちが到着すると、すぐさま、 「笹子ちゃん、早よ休みやー!?」 と笹子の身体の疲労をいたわり、電気あんかで温めたベッドを用意していました。 そして八回忌の前夜、三人で呑みに行きました。 私はドライバー。 笹子は昔、銀座のクラブ嬢だったくせに下戸なので、母一人が飲み、上機嫌な夜を過ごしました。 その後、私が駐車場へ帰りの車を取りに行っている最中、母と笹子は、私の居ないところでいろいろな会話をしたそうです。 その時の詳しい会話の内容は不明ですが、母は初めて笹子に、 「息子をよろしくお願いします」 というようなことを言ったそうです。 それに感激した笹子は、帰りの車中でもずっと上機嫌でした。 ところが実家に着き、私と寝室へ入った瞬間、母にバレないよう声を押し殺して泣き始めました。 さっきまで上機嫌だった笹子が急に泣き始めたので、どうしたのかと聞くと、 「私、お義母さんに初めて『息子をよろしくお願いします』って言われた……」 と答えました。 私は、 「お、おう」 と、急に笹子のテンションが変わったことにオロオロしていました。 すると笹子は、 「あんたさ……あたしの面倒をいつも一生懸命見てくれてるけど、もしお義母さんにもしもの事があって、介護が必要になったら、あんた、この実家に帰って面倒見てあげて……。あんた、お義母さんのこと好きじゃない!? こんな大きなおうちに独りで居させるのなんて可哀想だ」 と言いました。 「いや、そうなったとしたら、お前はどうすんだよ」 「あたしのことは捨てていい。ママに面倒見られるのイヤだから、独りで暮らす」 私は、そんなことを言い出した笹子に呆れて言いました。 「オマエが独りで生きて行けるわけ無いだろ。一緒にこの実家来りゃ済む話じゃねぇか」 「あんた、あたしだけでも大変そうなのに、お義母さんの介護まで出来無い」 「出来る出来る。それに俺だって兄貴いるし甥ッコらも居るし、面倒見る人間はそれなりに居るわ。そもそもオマエより遙かに元気だわ。心配すんな」 そして次の日、父の八回忌で、初めて笹子は私の兄や甥ッコ夫婦たちと一緒に記念写真を撮りました。 その時の写真は奇しくも笹子の遺影となり、この二か月後に笹子は亡くなります。 笹子は実家に来たときはだらしなかったですが、実家に来る前から、私が母を大事にしていること、そして母は花が好きなことを知っていました。 そのため毎年、母の誕生日と母の日には鉢植えの花を贈ることを欠かしませんでした。 血の繋がった自分の実の母親とは仲が悪く、母の日にカーネーションの一つも贈ったことはなかったですが、私の母のことはとても大事に思っていました。 途中でなんとなく嫌われているのを察しても、 「実家に行きたい、行きたい」 とよく言っていました。 私は、 「アドベンに行きたいだけだろうなー」 と思っていましたが、母と仲良くなることも、笹子にとっては目的の一つだったのだと思います。 そして自身が亡くなる二か月前に、ようやく本当に母と仲良くなることができました。 笹子も、その時は感無量だったと思います。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
about 1 month ago
コロナ禍の頃の 沖縄旅行動画です。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
about 1 month ago
【第二章 第二十回】 こんにちは。 八月も終わりに近づき、 北海道では暑さの中にも、 少しずつ夏の終わりを感じるようになってきました。 昼間にはまだ夏らしい暑さが残っていますが、 朝晩に吹く風はどこか涼しく、 季節が次へ向かっていることを感じさせます。 短い北海道の夏も、もうあと少し。 そんな季節の移り変わりの中で、 今月も24日、笹子の月命日を迎えました。 先日、引用こそしませんが、X内である書き込みを見つけました。 内容は「自分の『散骨』の予約をしました」というものでした。 これは、このシリーズでたびたび出てくるJの界隈とはまったく関係ありません。 単にタイムラインに流れてきただけの投稿です。 おそらく私自身も、これまで散骨などに関連する内容を投稿してきたので、Xのアルゴリズムが関連するポストとして私のタイムラインに載せただけだと思います。 投稿主は高齢の独身女性で、現在終活をしており、その人生の締めくくりとして「業者による散骨」を予約した、という内容でした。 しかし、その内容を見て私は少しイラッとした後、今度はその投稿者に対する哀れみのような感情が芽生えてしまいました。 その散骨の内容は、「船を使って南の島の青い海の沖で遺灰を撒き、永遠の眠りについていただく」といったものでした。 そして、その料金は「○○○○○円」だそうです。 海洋散骨の相場からすると、かなり安い料金設定でした。 それを見て私は、 「この値段で、本当に南の島まで遺骨を運び、誰も見ていない海の上で丁寧に散骨してくれるのだろうか」 と強い疑問を持ちました。 その投稿者は「私は葬式や墓なんかいらない。海にでも散骨してもらえたら、それで十分だ」といったことを書いていました。 そんな人生の無頼を気取る人に限って、言葉は悪いですが……こういう商売に引っかかってしまうのではないか、と感じてしまいました。 あくまで個人的な意見ですが、なぜ私がその業者を信用できないと感じたのかというと、まず料金が安すぎることです。 次に「ご遺族立ち会い」、すなわち散骨に遺族が立ち会い、船に同乗するような場合になると、料金が一桁変わってきます。 業者におまかせなら数万円なのに、遺族が乗船するだけで十数万円に跳ね上がる。 もちろん、現地までの旅費は含まれていません。 しかも立ち会いになると料金相場が急に高くなるので、それなら最初から別の業者に頼んだ方が良いのではないか、とさえ感じました。 要するに私には、「遺族がいない人向けの業者」という印象を受けたのです。 遺族がいない。 弔ってくれる人もいない。 それなら私は、ほかの多くの人たちと一緒に無縁仏として埋葬されても、それはそれで一つの人生の幕引きなのではないかと思います。 しかし、それでは何か自分の中のプライドが許さないのか。 その方は「南の島の青い海に散骨される」という最期を選んだのでしょう。 まぁ、その方が今後、本当に南の島の青い海へ散骨されるのか、私には知る由もありません。 ただ、私自身はその投稿を読んでも、 「きっときちんと散骨してもらえるのだろう」 と素直に信じることはできませんでした。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
about 1 month ago
では、私はどうなのか。 これまでのシリーズでは、あまり明示的には書いてきませんでした。 私は今も、一か所に留まることなく、笹子との思い出の場所へ少しずつ散骨を続けています。 そこに宗教的な意味は何もありません。 しかも散骨というのは、本来であれば手間も費用もかかります。 それでも私が続けている理由をあえて言葉にするなら、生前はただひたすら彼女の願いを叶えるような生活をしてきたので、死後は「自分が彼女に抱いていた想いがどれだけ本物だったのか」を証明するような気持ちで、こうしたことを続けているのだと思います。 誰かに証明したいわけではありません。 自分自身に対する証明です。 前回の投稿文でも書きましたが、私はキリスト教徒だった笹子のために、イスラエルを訪れ、ヨルダン川で散骨することを本気で計画しています。 あの場所は単に遠いだけではありません。 現地情勢によっては渡航そのものが難しくなったり、滞在中に情勢が急変したりするリスクもあります。 それでも行こうと思っています。 そして、それ以外にも笹子を連れて行きたい場所、笹子との思い出が残っている場所がいくつもあります。 これから先も、時間とお金と体力が許す限り、そうした場所を一つずつ訪ねていくつもりです。 生前に笹子の「行きたい」「やりたい」を叶え続けてきたように、亡くなった今も、私の中ではその続きをやっているだけなのかも知れません。 今回のお話は以上です。 いつもの内容とは大きくかけ離れた、少し異色のお話となりました。 ただ、重ねて言いますが、散骨というものは、私のようにここまで偏執的でなくても、亡くなった人への想いを持ち続けてくれる誰かの手に委ねられる、とても贅沢で、そして愛情に満ちた弔いであるべきだと私は思っています。 今回は、そんな私自身の散骨に対する私見を語らせてもらいました。 そして今、散骨以上の執念でずっと続けてきたもう一つの作業が、ようやく動き出そうとしています。 その話については、今はまだ書きません。 いつか良い結果を、この亡き妻のアカウントで皆様にお伝えできればと思っています。 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
2 months ago
私が驚いて、 「どうした!?」 と尋ねると、笹子は大粒の涙を流しながら言いました。 「私は小さい頃、ママにガチャポンなんか絶対にやらせてもらえなかった!! なんでアンタ、私があのガチャポンをやりたいって分かったの!? なんですぐに三百円を出したの!?」 私は、 「そりゃ、やりたそうにしていたから金を出しただけだろ!?」 と答えました。 私にとっては、本当にそれだけのことでした。 むしろ、 「最近のガチャポンって高いな。一回三百円もするのかよ!?」 くらいにしか考えていなかった行為です。 しかし笹子にとっては、それまで心の奥に押し込めていたものが、一気にあふれ出すほど感情を揺さぶられる出来事だったようです。 そしてこの出来事を境に、笹子は自分が欲しいものや、やりたいことを、私に対して本当に遠慮なく口にするようになりました。 私も私で、最初は「高い」だの何だのと言って難色を示します。 それでも、お金で済ませられるものであれば、自分の欲しいものを我慢してでも買い与えました。 行きたい場所があれば、料金の安い季節や交通手段を調べ、できる限り実際に連れて行きました。 とにかく笹子の願いをかなえ、ときには本人が口にするより先に察して用意する。 私たちは、そんな生活を続けていたように思います。 そして私がくみ取っていたのは、笹子の楽しい願望だけではありません。 苦しさや不安といった、負の部分についても同じでした。 笹子自身は義母との折り合いが悪かったものの、 「一人で死なれたら困るから、アンタが電話して」 と言って、私から義母へ様子伺いの電話をかけさせることがありました。 口では反発していても、やはり笹子は義母のことを気に掛けていたのだと思います。 だから私は、笹子が亡くなった今も、義母のことを大切にしています。 笹子が亡くなる前に抱いていた思いについても、同じです。 笹子はAさんのことを気に掛けていました。 そしてJのことは、最後まで恨んでいました。 一年以上が経過した今も、私の根底に消えることなく、くすぶり続けている遺恨があります。 しかし、それは私にとって、特別に無理をして続けていることではありません。 笹子が欲しそうにしていたガチャポンを見つけたとき、何も聞かずに三百円をそっと差し出したことと同じです。 笹子の気持ちをくみ取り、その意思を引き継ぐことは、私にとってあまりにも自然なことなのです。 今回のお話は以上です。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
2 months ago
【第二章 第十九回】 こんにちは。 北海道の夏は短いですが、そのぶん、一日一日がとても濃く感じられます。 青空も、緑も、冬を知っているからこそ、より鮮やかに見える季節です。 そんな夏の真ん中で、今月も笹子の月命日を迎えました。 五月の末頃、笹子の実母、つまり私の義母が、心臓にペースメーカーを埋め込む手術のため入院しました。 当初の予想よりも入院生活は長引きましたが、先週の月曜日、ようやく無事に退院することができました。 義母の入院中、私はほぼ毎週日曜日にお見舞いへ行っていました。 私自身はキリスト教の信徒ではありませんが、笹子の葬儀を行った教会の礼拝に参加し、そこで配られる「週報」という教会からのお知らせを義母へ届けるためです。 義母は敬虔なプロテスタントの信徒です。 笹子自身は洗礼こそ受けておらず、それほど熱心に通っていたわけでもありませんが、時折、教会の礼拝に参加していました。 私も笹子の生前には一緒に礼拝へ連れて行かれていたため、教会での作法や礼拝の流れなどは、その頃に一通り覚えました。 現在、私が教会へ持って行っている聖書は、笹子の遺品です。 四千円ほどする分厚い聖書なのですが、教会で貸し出されている使い込まれた聖書とは違い、笹子のものは今も新品同様に真新しいままです。 毎週日曜日の午前十時十分から始まる礼拝。 牧師先生による四十分ほどの聖書を用いた説教を聞きながら、私はいつも、キリストの行動の理不尽さに心の中でツッコミを入れています。 お腹が空いたとき、イチジクの木に実がなっていなかったからといって枯らしてしまったり、悪霊に取り憑かれた男を救うために、二千匹もの豚を湖へ飛び込ませたりと、聖書を読んでいると結構無茶なことをしています。 おそらく私は、あの教会で一番不真面目な説教の聞き方をしている人間だと自負しています。 また、礼拝に参加している人たちを見渡しながら、 「牧師先生を含めて、この中でキリスト教の聖地であるエルサレムへ行った人は、誰もいないのではないか」 などと考えた瞬間、礼拝の最中にもかかわらず、本気でエルサレム旅行の計画を立て始めたこともあります。 東京からの直行便は少々高いのですが、オフシーズンの二月頃に、乗り継ぎの多い格安航空券を選べば、時期によっては往復十二万円ほどで行くことも可能です。 キリスト教の洗礼の舞台として知られるヨルダン川にも行ってみたい。 そこで笹子の遺灰を少し流してみようか。 そんなことを考えているうちに牧師先生の説教は終わり、私は笹子と自分の二人分の献金を納め、週報を受け取って義母の入院する病院へ向かう。 それが、ここ最近の日曜日の過ごし方でした。 これまでにも何度か書いてきましたが、笹子は昔から義母との折り合いが良くありませんでした。 その原因の一つには、もしかすると義母が信仰するキリスト教の影響もあったのかもしれません。 幼い頃の笹子は、母親からとても厳格に育てられ、自分が欲しいものを買ってもらったり、やりたいことを自由にさせてもらったりすることが、ほとんどなかったそうです。 生前の笹子は、自分の母親について、いわゆる「毒親だった」とよく話していました。 ただ、私から見ると、義母は毒親というよりも、むしろ笹子とそっくりな人です。 私がこうして義母を大切に思っているのも、義母の中に笹子と似た部分をいくつも感じるからなのかもしれません。 笹子が亡くなった後、遺品を整理していると、ある懐かしいものが出てきました。 フランスの絵本『リサとガスパール』に登場する、ガスパールの小さなキーホルダーです。 昔、私が函館に住んでいた頃、札幌から列車に乗って会いに来た笹子とスーパーへ買い物に行き、そこで回したガチャポンの景品でした。 当時はキーチェーンが付いていたはずですが、現在は失われています。 チェーンがなくなるほど長く使い続け、切れた後は本体までなくしてしまわないよう、大切にしまっておいたのだと思います。 笹子がこのキーホルダーを手に入れた日のことを、私は今でもよく覚えています。 スーパーでの買い物を終えた後、笹子がガチャポンの機械の前に立ち、じっと眺めていました。 私は「どうしたの?」とも「欲しいの?」とも聞かず、無言のまま、笹子の手のひらに百円玉を三枚載せました。 笹子は驚いたように一瞬だけ私の顔を見た後、そのまま三百円を機械へ投入しました。 ガチャガチャッとハンドルを回し、出てきたカプセルの中に入っていたのが、このガスパールのキーホルダーです。 笹子はカプセルからキーホルダーを取り出すと、しばらく何も言わずに歩き、私と一緒に車へ乗り込みました。 そして助手席でしばらくキーホルダーを眺めた後、突然、大きな声を上げてワンワンと泣き始めました。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
3 months ago
これまで高層階のホテルやラグジュアリーなホテルにも数多く泊まりました。 彼女にとって人生最後の宿泊は、石垣島の一泊三十二万円のスイートルームでした。 ですが、 「一番好きなホテルはどこ?」 と聞かれたら、天国の笹子も間違いなくこのホテルを挙げると思います。 私は最近、日曜日に義母のお見舞いへ行った帰り、このホテルに笹子の遺影を連れて宿泊するようになりました。 前述のとおり、先日21日は本来なら納骨式の日でしたが延期となったため、私はホテルのベッドに寝転びながらサッカーワールドカップ、日本対チュニジア戦を観戦していました。 結果は4対0の快勝。 気分良く試合を見届けたあと、そのまま義母のお見舞いへ向かいました。 なかなか良い日曜日でした。 そういえば前回大会のカタールワールドカップでも、笹子とこのホテルに泊まりながら日本対ドイツ戦を観戦していました。 あの試合も日本が勝利し、私は試合終了後に 「すすきので騒いでいる人がいるか見てくる」 と言って外へ出たことを覚えています。 今回の大会も、あの時と同じように笹子と一緒に観戦したような気持ちになりました。 今回のお話は以上です。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
3 months ago
【第二章 第十八回】 こんにちは。 本州ではすでに真夏のような暑さだと聞きますが、北海道はまだ過ごしやすい日が続いています。 窓を開けると気持ちの良い風が入り、ようやく一年で一番過ごしやすい季節になりました。 そんな穏やかな六月の終わりに、今月も笹子の月命日を迎えました。 先月入院した義母は、現在も入院生活を続けています。 もともとは心臓にペースメーカーを入れるための入院だったのですが、未だ退院の目処は立っていません。 私は普段、在宅でシステムエンジニアの仕事をしています。 日曜日は平日の仕事から少し離れられる貴重な日でもありますが、最近は午前中に札幌で愛の葬儀を行った教会の礼拝に出席し、午後は義母の入院先へお見舞いに行くという過ごし方が定着しています。 また、今月21日は本来であれば笹子の納骨式が行われる予定でした。 笹子の遺骨は今も実家にあります。 もともと昨年6月に予定されていた納骨式を、私の希望で一年延期していただいていました。理由は聞かれませんでしたが、義母は快く応じてくれました。 しかし今年は、その義母自身が入院しているため、結局また納骨は延期となりました。 納骨式が予定どおり行われていた場合、万に一つも来ないとは思いつつも、私は周囲をかなり警戒していたはずです。 去年、妙なポエムを詠んだうえで、こちらへ飛行機で来るようなことまで予告していた件については、以前の投稿でも触れました。 もし納骨式が行われていたなら、私は会場の中に、私を最も憤らせる人間が何の断りもなく紛れ込んでいないかを気にしていたと思います。 そして何度も周囲を見回しながら、 「あのマウンテンゴリラみたいな女が、本当に来ていないか」 そればかり確認していたでしょう。 ですが、その前に義母へ 「笹子を産んでくれてありがとうございました」 と伝えてから納骨するつもりでもありました。 それもまた来年へ持ち越しとなりましたが、私としては納骨そのものよりも、来年の6月も義母が元気でいてくれることの方が大切だと思っています。 前回も書きましたが、義母は笹子と血を分けているだけあって、本当によく似ています。 笹子の葬儀を行った教会は義母の礼拝先でもあるため、礼拝で配られる週報を病室へ持って行くと、とても喜んでくれます。 そして病院を後にすると、いつも気持ちの良い風が車の中に吹き込みます。 そのたびに私は、まるで笹子が 「ママのお見舞いに行ってくれてありがとう」 と言ってくれているような気持ちになります。 生前の笹子は、定期検診や検査で病院へ行く日の朝になると、 「行きたくない……」 と、どんよりした顔でつぶやきながら出掛けることが多くありました。 ですが診察が終わり、薬を受け取る頃にはいつも機嫌が良くなっていました。 なぜなら、病院の帰りには必ず札幌市内のホテルを二泊予約していたからです。 笹子は本当にホテルが好きな人でした。 「病院は疲れるから、帰りは絶対ホテル」 それが彼女の口癖でした。 そして数ある札幌市内のホテルの中でも、一番のお気に入りが「ホテルリリーフ札幌すすきの」でした。 このホテルは比較的リーズナブルな料金ながら大浴場があり、ラウンジでは焼きたてのパンやソフトクリームなども楽しめる、非常にコストパフォーマンスの高いホテルです。 広い部屋もありますが、笹子が一番好きだったのはセミダブルルームでした。 決して広い部屋ではありません。 体格の良い二人で寝るには少し狭いベッドでしたし、私は身体を横向きにして寝なければなりませんでした。 それでも私にとっては大きめのデスクがあって仕事がしやすく、笹子にとっては私が右手でマウスを操作しながら、左手で脚をマッサージしてもらえる。 お互いにとって、とにかく居心地の良い空間でした。 旅行支援が利用できた頃には、月曜から金曜まで連泊していたこともあります。 それほど通い慣れたホテルだったにもかかわらず、笹子は部屋に入るたびに 「落ち着く……」 と、ほっとした顔をしていました。 そして私に脚をマッサージさせながら、ホテルの漫画コーナーから借りてきた『ふうらい姉妹』という不条理ギャグ漫画を読んだり、煙草を吸いながらスペースを聴いたりしていました。 スタッフの方々の接客が良いことも、彼女のお気に入りの理由でした。
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8 months ago
こんにちは。 今日は1月24日、笹子の月命日です。 北海道の冬は、寒さそのものよりも静けさが際立ちます。 外を歩くと、足音だけがやけに大きく聞こえ、 吐く息だけが白く、形を持つ。 人も街も、必要以上に言葉を使わなくなる季節です。 そんな空気の中にいると、 時間の流れが少しだけ緩やかになり、 思い出だけが、はっきりと浮かび上がってきます。 昨年の1月、私たちは沖縄県の波照間島に行っていました。 結果的に、それが笹子の人生最後の旅行となりました。 その旅の様子は、笹子自身も当時ポストしていますが、 毎日が楽しく、体調も良く、穏やかな日々でした。 これまで何度も書いてきましたが、笹子は波照間にいると本当に調子が良くなります。 島の売店まで往復三キロ以上の道を、平気で歩けるほどでした。 宿のオーナーが畑から分けてくれた野菜も、もりもり食べていました。 北海道から波照間へ行く場合、 飛行機と船の接続の関係で、必ず石垣島に一泊する必要があります。 その往路と復路、それぞれで私たちは石垣島の有名なラグジュアリーホテルに泊まりました。 笹子は波照間も大好きでしたが、このホテルのことも心から気に入っていました。 波照間から船で離れるときは、いつも 「次はいつ来られるの?」 と名残惜しそうにするのですが、 八泊のゲストハウス暮らしから一転、 玄関でスタッフに迎えられ、荷物を部屋まで運んでもらい、 広大な敷地をカートで案内される―― その環境の高低差に、また一気に機嫌が良くなったりもしていました。 そして、その旅の最後の宿泊は、 彼女の人生で最も豪華な部屋になりました。 一泊三十二万円の、海側最上階のスイートルームです。 ただし、これは「たまたま」そうなっただけでした。 予約していたのは、一番安いツインの部屋です。 ホテルのグループ会員証を持ち、系列ホテルに何泊かしていると、 こうしたアップグレードが起きることがあります。 今回は、ホテル側の厚意によるものでした。 八十平米の部屋に入った瞬間の、笹子の笑顔は今でも忘れられません。 石垣島の海を一望できるロケーション。 テラスにはジャグジーがあり、 彼女の好きなロクシタンのアメニティも揃っていました。 部屋に入るなり、スマホで写真を撮り続ける笹子を見ながら、 私はいつものように 「こういう部屋は、あまり自慢げにネットに上げるなよ」 と注意しつつも、 はしゃいであちこちを見て回る姿に満足していました。 波照間では水が貴重なため、ずっとシャワーで済ませていましたが、 このホテルでようやく八日ぶりに湯船に浸かれると、 笹子は嬉しそうにジャグジーに入りました。
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about 1 year ago
こんにちは。 連日とても暑いですね。 北海道でも記録的な気温となり、 私の住む地域もニュースになるほどの暑さです。 この第二章では「彼女にまつわる思い出話」をお話ししていますが、 まだまだ伝えたいことがたくさんあります。 生前の笹子とご縁のあった方々にも、 ぜひ彼女の姿やエピソードを知っていただけたら嬉しいです。 前回は「全国旅行支援」を利用して、 様々な場所へ旅行し、色んなホテルに連泊した思い出を綴りました。 今回は、その最初の旅行支援で訪れたホテルではしゃぐ 笹子の動画をご紹介したいと思います。 この動画は私のお気に入りのひとつで、 時折見返しては元気をもらっています。 場所は「ホテルマイステイズプレミア札幌パーク」。 札幌でも有数の高層ホテルで、支援が始まったばかりの頃は 本当に宿泊費も破格でした。 いつもと違う、少し贅沢な部屋で過ごす時間は、 普段の生活とはまた違った特別な思い出になっています。 私はITエンジニアとしてどこでも仕事ができるため、 コロナ禍でも大きな影響を受けず、 笹子と二人で「せっかくだから行けるうちに色んなところに行こう」と、 全国を旅していました。 「マスク」や「ワクチン接種」などのルールはしっかり守りつつ、 行動自粛については少しゆるく、 今しかできないことを精一杯楽しんだ気がします。 どんな高級ホテルでも、笹子が最初にすることは ベッドに寝転んでスペースやLINE通話を聞くことでした。 私は横でPC作業をしたり、彼女の足をマッサージしたり―― そんな時間が何よりも心安らぐものでした。 今回の動画はコロナ初期のもので、 まだスペースは使っていませんが、 LINEのグループ通話など、ネットで誰かと繋がっていることが 彼女の日常だったように思います。 ⸻ この時期、ネット上ではワクチンやコロナについて 色んな意見や議論があったのも事実です。 笹子も、たまにスペースなどで“ワクチン陰謀論”の話を耳にしたり、 実際ネット上で反ワクチン主義の方に絡まれることもあり、 その度に「なんだかなぁ」とため息をついたり、 少し哀れみの目でスマホを見ていたこともありました。 「あんたみたいに、どこでも連れて行ってくれる人がいるわけじゃないから、 こういう人たちは寂しいんだよ」と、 少しマウント気味に笑いながら話していたのが印象に残っています。 私自身も、そんな彼女の言葉に「そうかもしれないな」と思いつつ、 またいつものように左手で足をマッサージしながら、 右手でキーボードを叩いていました。 ⸻ とにかくこの時期は「幸せそうな笹子」がたくさん見られた、 かけがえのない時間でした。 余談ですが、この動画に登場するホテル 「ホテルマイステイズプレミア札幌パーク」は、今年3月8日に行われた LUNA SEAのベースJさんのライブを 一緒に見に行くために、笹子と泊まるはずだったホテルでした。 もちろんライブもホテルも共にキャンセルとなりましたが、 「最後に予約したホテル」として、私にとってもとても印象深い場所となりました。 今回のお話は以上です。 読んでいただき、ありがとうございました。 また次回も、思い出話にお付き合いいただけたら嬉しいです。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
4 months ago
デパートでのお見舞い品選びは、最終的にフェイスタオル二枚に決まりました。 とはいえ、私の感覚ではかなり高価な品で、 「タオル二枚でこんな値段するのか!?」 と少し驚きました。 ですが、笹子が 「ママにはこれがいい」 と選んだような気がして、それを購入しました。 しかし選ぶのに時間をかけすぎてしまい、 結局、病院の面会時間を過ぎてしまったため、そのまま帰宅することになりました。 タオルは明日、病室宛てに郵送し、 来週の日曜日に改めてお見舞いへ行こうと思っています。 後から調べてみると、 UCHINOというブランドの「スーパーマシュマロ」という高級タオルで、 羽のように軽く、吸水性も高い物でした。 義母もきっと気に入ってくれる気がします。 退院したら、義母の大好きな回転寿司へでも連れて行ってあげようと思っています。 画像は、うどんを食べ終えたあと、その汁に鰻の握りを入れて 「ウナ茶漬け」みたいにして食べるという、 よく分からない食べ方をしている義母です。なぜか毎回これをやります。 そういう「面白い女性」という部分も、 本当に笹子によく似ています。 本日のお話は以上です。 読んでいただき、ありがとうございました。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
4 months ago
【第二章 第十七回】 こんにちは。 昼間であれば窓を開けても寒さを感じなくなり、 ようやく春がこちらまで辿り着いたのだと思える日が増えてきました。 北海道の春は遅いですが、その分どこか特別に感じます。 三日ほど前、笹子の実母――つまり私の義母から、 持病の治療のため札幌市内の病院へ入院することになったとの連絡を受けました。 本日5月24日は笹子の月命日ですが、 そんな義母のお見舞いをしようと思い、入院先の病院へ向かいました。 その途中、お見舞いの品を選ぶため市内のデパートへ立ち寄ったのですが、 日曜日ということもあり駐車場へ入るだけでもかなり待たされ、 ようやく館内へ入ってからも、品選びに思った以上に時間をかけてしまいました。 私は、人に物を贈るとき、かなり長い時間をかけて吟味するタイプです。 一方、生前の笹子は 「私が選びたいから、選ばせて」 と、買い物の主導権を握りたがるタイプでした。 転職の際の買い物に付き合えば、 次から次へと商品を選び、遠慮なく買い物かごへ放り込んでいく。 そして最後に私が会計をする――そんな経験は山ほどあります。 笹子はその豪快な買い方を、 「パリス=ヒルトンみたいだから“パリス買い”」 などと呼んでいました。 「あたし、小さい頃は何も買ってもらえなかったし、好きな物も選ばせてもらえなかったのよ。 何か買ってくれる時も、好きでもない『トムとジェリー』のグッズばっかりだったし。 だからアンタには、“何でも選べる夢”を叶えてもらってるの」 この場合の「親」というのは、ほとんどが母親のことです。 これまでの投稿でも何度か書いてきましたが、 笹子は母親との折り合いがあまり良くありませんでした。 電話でもよく口論になっていましたし、 毎月、様子を伺うために連絡を入れるのは、主に私の役目でもありました。 ですが私は、義母のことが好きでした。 最初から妙にウマが合う感じがありましたし、 向こうも最初から私を気に入ってくれていたように思います。 「うちのママね、昔パパのこと“背が高い”って理由だけで結婚したくらいだから、アンタのことも気に入ってるのよ!?」 笹子はよく、そんなことを言っていました。 もっとも、笹子自身も 「あたし、自分より背が低い男だけはどうしても無理」 などと平気で言っていたので、結局この親子はよく似ているのです。 笹子は絶対認めませんでしたが、 私はずっと「似たもの同士なんだな」と思っていました。 だからこそ、私は最初から二人ともと自然にウマが合ったのかもしれません。 今はだいぶ落ち着きましたが、 義母は一時期、認知症のような症状が強く出ていた時期がありました。 その頃の笹子は、 母親が何か言い間違えたり、不安げなことを口にするたびに、かなり感情的になっていました。 ですが私は、 「なんかあそこから監視されてる気がする……」 と義母が不安そうに言えば、 「じゃあ別の道から行こうか」 と自然に方向を変えたり、 「俺が付いてるから大丈夫だよ」 と否定せず、そのまま受け入れることが多かったです。 そのたび笹子から、 「よくアンタ、うちのママに合わせられるわね……。 あたし、イライラしてしょうがないのに」 と呆れたように言われていました。 ですが私に言わせれば、 結局、笹子に対する接し方と義母に対する接し方は、ほとんど同じでした。 高価な物を次々買い物かごへ入れるのも、 突然別の道へ進むのも、 私にとっては同じことでした。 私は笹子のすべてを受け入れていましたし、 今の義母に対しても、同じように接しています。 認知症の症状については、最近かなり落ち着いてきたことだけは幸いです。 笹子の父親はすでに亡くなっており、 そして笹子は一人娘のまま、親より先に旅立ってしまいました。 現在は、笹子の従姉妹にあたる女性が義母と同居し、身の回りの世話をしてくれています。 今回の入院を手配してくれたのも、その従姉妹の方でした。 そして、笹子が入院した前日――2025年2月19日の早朝。 笹子はある出来事をきっかけに、 この二人へ電話で強く当たってしまっています。 従姉妹の方もそうですが、 自分の母親との最後の会話まで、ケンカのような形で終わってしまった。 そのことは、今でも私の中で強く引っかかっています。 私も、義母も、 入院後の笹子に会う前に、永遠の別れになってしまったのですから。 そして、その原因を作ったのがJのエアリプであることは、これまでにも書いてきた通りです。 あの件のせいで、笹子は最後まで母親と和解できないまま旅立ってしまった。 私がJを絶対に許せない理由はいくつもありますが、 これはその中でも、最も大きな理由のひとつです。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
5 months ago
【第二章 第十五回】 こんにちは。 24日は笹子の月命日です。 季節は確実に前へ進んでいるはずなのに、 体感だけがそれに追いついていない。 そんな感覚の中で、今月もこの日を迎えました。 笹子との思い出の中で、4月といえば 二年前のある出来事を思い出します。 私の職業は在宅のシステムエンジニアで、 生前の笹子とは、ほぼ一日中一緒に過ごしていました。 そんな私が、笹子と出会って以来初めて、 一か月限定で外の仕事――それも人生初の肉体労働に従事した時期がありました。 きっかけは、笹子との思い出話によく出てくる 沖縄県の波照間島でした。 冬の間だけでも、あの島で暮らしてみよう―― そんな思いつきから始まった話です。 笹子はあの島にいると、なぜか体調が良くなり、 よく食べ、よく眠り、よく動く。 心も体も、若い頃のように整った状態になることが多くありました。 それなら、体調を崩しやすい冬の間だけでも、 いつもお世話になっているゲストハウスで長期滞在すればいいのではないか。 そんな発想でした。 ただ、波照間島は物価が高く、長期滞在となると出費もかさみます。 そこで思いついたのが、 島の基幹産業でもある黒砂糖工場で働きつつ、 夜はSEの仕事を続けるという、いわばダブルワークの生活でした。 黒砂糖工場は相当きつい仕事だと事前に調べていましたが、 私は普段からジムに通っており、体力にはある程度の自信がありました。 とはいえ、夜も仕事がある以上、 できるだけ体力を消耗しない働き方が必要です。 そこで、構内を忙しく動き回る重機のオペレーターを目指し、 免許を取得し、派遣会社を通じて 「未経験でも重機に関われる仕事」を紹介してもらいました。 とにかく、未経験から経験者になるための一歩として、 重機関連の仕事に飛び込んだ形です。 笹子は、私の突飛な行動力に驚いていましたが、 離島生活という夢と、自分の身体のための挑戦ということで、応援してくれました。 このストーリーの中では、 しばしば「笹子は家事をまったくしなかった」と書いてきましたが―― この時ばかりは違いました。 なんと、私のために早起きして、弁当を作ってくれたのです。 最初の弁当は、まるで漫画のような失敗でした。 「砂糖と塩を間違える」という、あのパターンです。 昼休み、車の中でLINEのビデオ通話をしながら弁当を食べていたのですが、 見た目だけでも明らかに砂糖とは質感が違う、ヒマラヤ産のピンク岩塩が入った玉子焼きは、かなりの塩辛さでした。 それでも私は、「汗をかいているから意外と美味しい」とごまかしながら、 血圧が上がりそうなその玉子焼きを、なんとか食べ切りました。ちなみに玉子焼き以外は基本、弁当箱に移し替えただけでOKの冷凍食品でした。なので構成は似たものが多かったですが、身体を動かした後だと何を食べても美味しく感じました。 そんな日々を過ごしながら、 重機の経験を積むために働いていました。 肉体労働は初めてでしたが、思いのほか楽しく、 毎日体を動かしながら充実した時間を過ごしていました。 しかし、一か月満了まであと4日というところで、 2メートルの高さから足を踏み外し、左手首を骨折。 そこから一年九か月に及ぶ、労災生活に入ることになります。 4月になると、あの時の弁当のことを思い出します。 そして私は、笹子のいないこの二度目の4月に、 再び同じような重機系の昼の仕事を始めました。 あの時の仕事が楽しかったこともありますし、 SEという仕事と、肉体労働という真逆の仕事の両方を持つことが、 自分にとって大事なことのように思えたからです。 そんなわけで、今月から少し忙しい日々を過ごしていますが、 笹子との思い出は、これからも変わらず語り続けていこうと思います。 本日のお話は以上です。 読んでいただき、ありがとうございました。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
6 months ago
【第二章 第十五回】 こんにちは。 今年は雪解けが早く、 街のあちこちにアスファルトが顔を出し始めました。 それでも風はまだ冷たく、 春と呼ぶには少し早い、 そんな中途半端な季節を迎えています。 先月2月24日の笹子の命日から一ヶ月が経ちましたが、 前回も書きましたとおり、あの日は花に囲まれた本当に幸せな一日でした。 そしてその日の余韻が残っていたせいか、笹子の夢を見ました。 私がお見舞いに行く夢で、 そこには私が来るのを待ちきれないかのように、 病院の玄関に笹子が立っていました。 私はその様子を見て、 「寒いから早く中に入りなさいよ」と言ったのですが、 笹子は私が着くなり、 「買い物に行きたい、イオンに連れて行って」 「○○さんにお世話になったから、差し入れを買ってあげたい」 「病院食まずくて何も食べられない。『トリトン』行きたい」 と、矢継ぎ早にせがんできました。 そして私は、イオンやドラッグストア、 そして「トリトン」という少し高めの回転寿司屋へと、 笹子の行きたい場所を車で回っていく――そんな夢でした。 私は普段、こういうリアルな夢は 夢だと気付く「明晰夢」になることが多いのですが、 今回はあまりに現実感が強く、 目が覚めるまで気付きませんでした。 目が覚めてからもしばらく、そのことに気付けませんでした。 そしてしばらく経ってから、 「ああ……これが本当なら、去年の2月25日に起こっていたはずの出来事だったのか」 あるいは、前日に亡くなった笹子が本当はしたかったことなのか―― そんなことを考えているうちに、涙が溢れてきました。 話は変わりますが、 最近、笹子の件で私を支えてくださっている方から、 「わびすけ
@sora_mkmk2
」様のポストやスペースに 興味深い内容が多いとのことで、閲覧を勧めていただきました。 実際に拝見してみると、確かに―― 立ち位置としては中立でありながら、 「中立であるがゆえに」 笹子を死に追いやったJの界隈の嘘や欺瞞が、 むしろ浮き彫りになる構造になっていました。 私自身も一年以上この件を追い続けてきましたが、 その見解に触れることで、 いつの間にか見失いかけていた足元を 改めて見直すような感覚がありました。 完全な第三者的立場でありながら、 ここまで状況を把握されているのは非常に聡明だと感じます。 直接コンタクトは取っておりませんが、 どこまでこの状況が伝わっているのかを測る意味でも、 今後も注視させていただきます。 周囲の方々も非常に理解力の高い方が多く、 何名かは私の本垢でもフォローさせていただいている方でした。 やはり、考え方が近い人同士は、 状況の理解度も自然と似てくるものだと感じました。 また、万が一法的な争いに発展する事態があれば、 こちらから全面的なサポートを申し出る可能性もあります。 冒頭で季節の変わり目について触れましたが、 それとは対照的に、Jの界隈は相変わらず―― やることなすことが下品で、くだらなく、 よい大人がしてよい範囲を逸脱してまで、 「自分たちは変わらない」ことに固執しているように見えます。 私自身は年齢の割に健康だと自負していますが、 支えてくださっている方々の中には、 体調を崩されがちな方も多くいらっしゃいます。 どうか無理をなさらず、 この季節の変わり目を穏やかにお過ごしください。 皆様の健康と安寧を、心よりお祈りしております。 今回のお話は以上です。 読んでいただき、ありがとうございました。
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さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
7 months ago
@usapyonnanoda2
https://t.co/ChYTS7H4wC
さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
over 1 year ago
笹子が病院で着るパジャマ等の 生活用具を用意出来るこの時間が Aさんのケアによって与えられたのは 非常に有り難かったです。 しかし、二人の会話は私もスピーカー状態で聞いてましたが、 笹子は急にAさんに対して敵意を見せ始め、再び錯乱状態になりました。会話内容はなんでも無い物でした。
さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
7 months ago
@usapyonnanoda2
https://t.co/5jmpkYSbnM
さささ笹子ンヌ
@sasaco1017
over 1 year ago
笹子はスマホで、Aさんと 落ち着いた口調で会話していました。 その会話内容を聞きながら、私は 「笹子がこれから救急搬送か入院」を した場合の準備をし始めました。
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