「いつまでも日本語を介してしか英語を理解できない状態からは脱却したほうがよい」という主張自体には「一理」あります(特に上級者を目指すのなら)。ただ、そのことと「日本語で書かれた文法書を使わないほうがよい」という話は別問題。
日本語と英語は言語的距離(linguistic distance)がかなり遠い。冠詞という概念が日本語にはない、時制・相・完了の区別も異なる、関係詞や名詞修飾の構造も違う、語順も大きく異なるetc. そのため初学者や中級者にとっては英語の仕組みを日本語で理解することが非常に有効な場合があります。
例えば英語母語話者向けの文法書で"Present Perfect expresses a past event with current relevance."と説明されても、日本人学習者にはピンと来ないことがあります。
しかし日本語の文法書なら、日本人がつまずきやすい点まで解説されています。
むしろ言語的距離が近い言語同士(スペイン語話者がイタリア語を学ぶなど)のほうが、最初から対象言語のみで学びやすい面があります。
ですから私は「できるだけ早く日本語で英語を学ぶことを卒業する」ではなく「日本語による理解を土台にしながら、徐々に英語で英語を学べる領域を広げていく」というほうが現実的です。