80年代、ゴシック/ポストパンクの源流をつくったバンド Bauhaus の創設メンバーで、その後、Love and Rocketsでも国際的成功を収めたDavid J. Haskins(デヴィッド・J)が、三崎港の“s-ken studio”に息子と恋人たちを伴ってやってきた。
お互いパンク&ニューウェイヴ時代の流れでデビューアルバムをリリースしたこともあって、半世紀近くもさかのぼって話はつきない。
David J. は生涯を通して作家・劇作家・DJ・ビジュアルアーティストとしても活動を続けていて、もう少し時間があって私の英語も復活してきたら、何かコラボレーションでもできる要素が見つかりそうな気もした。
再会を約束して別れたが、彼らは三崎港で一泊し、私の方はBimBamBoomとのリハーサルで東京へ向かわねばならない。
またの機会があれば三崎港を案内し、その知らざる魅力を伝えたいもの。
“s-ken & BimBamBoom”のライヴが迫ってきて、リハーサルのために東京へ。
去年は“H ZETTRIO”と、今年は“BimBamBoom”と、プロデューサーとして関わってきたミュージシャンたちと共演できるこの成り行きは、まさにミラクル。
プロデューサーといっても、本来は縁の下の力持ち。
売れれば自分たちの力、売れなければプロデューサーのせい……といった微妙な間柄でもある。
2年前に移住したときは、もうステージに立つことはないと思っていたのだが、かつて関わったミュージシャンたちが次々と三崎港を訪ねてきてくれ、また一緒にステージに立つ機会が巡ってくるなんて、こんなに嬉しいことはない。
“BimBamBoom”のメンバーは、山口美代子(Dr)、田中歩(Key)、Maryne(Ba)、岡愛子(G)、矢元美沙樹(Tenor Sax)。
リハーサルが始まると、久しく忘れかけていたパンクな活力がみなぎってくると同時に、彼女たちの成長を体全体で感じ、プロデューサーをやってきて本当によかったと思う。
5月6日の本番「DRIVE FROM 80s(新宿LOFT)」は長丁場。
他のバンドとの再会も嬉しいが、問題は“パンク老人”の体力が出番の午後7時30分まで続くのかということ。
パティ・スミスもデボラ・ハリーも、自分より年上でいまだ現役。
“Too Old to Rock ‘n’ Roll: Too Young to Die!”なんて言っていられないことは分かっている。
実は、イギー・ポップがパティ・スミスやデボラ・ハリーよりも年下だということは、あまり知られていないんだよね。
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前回の投稿に続いて、今回もロングインタビューのお知らせです。
https://t.co/tOSs56pnvF
映画『ストリート・キングダム』の公開が今日3/27ということで、それと前後して、昨年三崎港まで取材に来てくれたインタビューがぞくぞくアップされている。
そして、これで終わりじゃないのよ。この機会に「東京ロッカーズ以外のことも聞いちゃえ!」とばかりに、来月に入ってからもインタビュー公開が控えている。
今日アップされたのは、パンク/ハードコア専門の老舗「Record Shop BASE」の運営統括責任者、飯嶋俊男氏による取材。実は東京ロッカーズ関連の取材としては、去年の春と一番早かった。
Record Shop BASEは専門店の領域を超え、数年前には東京ロッカーズ・ネットワークの“チラシ”をダイジェストした『CHIRASHI Tokyo Punk & New Wave ‘78-80s』を、今年は新たにFRICTIONの写真集『JIBIKI YUICHI FRICTION 1978–1985』を制作・発売している。
プロのライターやエディターではないが、東京ロッカーズ前後についての関心と情熱たるや、細部まで凄まじいインタビューになっている。
Record Shop BASE
https://t.co/jxXZhatnDe
数年前、高円寺でFRICTIONのレックに再会したとき、真っ先に連れていってくれたのがこのレコード店。映画『ストリート・キングダム』では描かれていないが、FRICTIONもミラーズもミスター・カイトも、この界隈に住んでいてここが東京ロッカーズのバックボーンの街だった。以後、地方からの夢見るロッカーたちがまず目指す異邦人が住みやすい街になった。布袋寅泰も「たま」も、みんなここからジャンプしていった。